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2021/01/01 12:00:00

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Salom at the Heart's Edge, or the Revelation of the Random

携帯が低く唸る。もはやそれは、ただの着信通知ではない。私の内なる防衛線を侵食する、敵からの電子的な弾丸だった。
画面に表示された見知らぬ番号からのメッセージ。そして、その影で嘲笑っているかのような憎むべき標的の名前。
「田伏正雄……まただ」
この一週間、私は田伏正雄という実在せぬ影、ひとつの概念に憑りつかれていた。メッセージの主たちは、彼の仕事、親族、私的な繋がり。それは、彼の人生の無秩序な断片であり、そのすべてが、私の日常という薄い膜を引き裂くように通過していった。
• 『請求書。確認しろ。』
• (確認?お前の金だろ。傲慢な指示だ。)
• 『明日の会議、リスケだ。』
• (勝手に決めろ。世界はお前を中心に回っているのか。)
• 『奥歯の詰め物、取れた。至急、予約変更して。』
• (私を秘書か何かと勘違いしている。私怨が募る。)
• 『株、売るぞ。指示を待て。』
• (金に汚い。さぞ高慢な顔で取引しているのだろう。)
• 『母さんが入院した。詳細を送ってくれ。』
• (他人まで巻き込むな。同情を誘うつもりか。)
• 『愛してる。今夜、来て。』
• (軽薄な男め。昼間の顔と夜の顔を使い分ける偽善者。)
• 『この間の写真、全部削除した方がいい。後悔するぞ。』
• (隠し事。汚い秘密を抱えている。最低だ。)
• 『先週のプロジェクトの進捗、上から問い合わせだ。すぐ資料を送れ。』
• (無能のくせに責任だけ人に押し付ける。)
• 『緊急連絡。契約書の内容に重大な誤り。至急弁護士と連絡を取ってくれ。』
• (破滅しろ。その失敗がお前の報いだ。)
• 『猫の餌、無くなったぞ。いつ帰るんだ。』
• (猫にまで見捨てられている。)
• 『車のエンジンがかからない。保険会社にレッカーを頼め。』
• (自業自得。移動手段まで私の手間を煩わせるな。)
• 『あの件、他言無用。絶対に。』
• (「あの件」とは何だ。よりによって私に秘密を預けるとは。)
• 『家のローン、今月分間に合わない。どういうつもりだ?』
• (金銭的な破綻。早く地獄に落ちろ。)
• 『誕生日おめでとう!今夜はサプライズがあるよ。』
• (他人に祝われて喜ぶ、浅薄な幸福。)
• 『銀行口座のパスワードを忘れた。再設定の手順を調べてくれ。』
• (無能。自分の記憶すら管理できないくせに。)
• 『隣人との騒音トラブル、警察が来てる。至急対応しろ。』
• (社会不適合者。どこでも問題を起こす。)
• 『急募:週末のゴルフコンペ、メンバーが一人足りない。参加しろ。』
• (くだらない社交。その顔が目に浮かぶ。)
• 『別れたはずの元妻から連絡。子供のことで話があるらしい。』
• (過去の清算もできない男。粘着質な人生だ。)
• 『昨日の件、本当にごめん。許してほしい。』
• (許すものか。お前の謝罪は常に空虚だ。)
エトセトラ、エトセトラ。
私はこのメッセージを、ただの「迷惑」として処理できなくなっていた。それは、私の自己存在のあからさまな否定だった。なぜ私が、見知らぬ他人の、それも仕事から痴話喧嘩まで、人生の醜聞の処理を強いられなければならないのか?
私は怒りが極限に達するプロセスを、客観的に観察している自分がいた。最初は「苛立ち」、次に「憤慨」、そして今は、すべてのメッセージに宿る田伏正雄の存在そのものに対する、純粋で透明な憎悪だ。
怒りは、私を日常の理性を超えた非日常の領域へと連れ出した。私は、田伏正雄という男の実像を勝手にでっち上げ、彼がどのような人間であるかを推測し、その度に憎しみを深めていった。それは一種の精神錯乱であり、怒りがもたらす認知の痛ましい歪みだった。
「次にメッセージが来たら、怒りのサンプルとして、この携帯を破壊してやる!」
その時、携帯が甲高い着信音を鳴らした。記念すべき666件目、知らない番号。このタイミング。私は確信した。これは、激昂の最終フェーズだ。
私は、自分の限界反応を見るために、受話ボタンをスワイプした。怒鳴り声は出なかった。代わりに、全身の力が抜け、冷たい諦念が私を支配した。
「……もしもし」
「ああ、もしもし。突然ごめんなさい。私は田伏正雄と申します」
田伏正雄の声は、清澄な静寂の響きのようだった。
虚無への収束。怒りのエネルギーは、一瞬にしてあの頃の私、虚無、何者でもない私、へと収束した。
彼は、淡々と、そして理路整然と語り始めた。
「実は、数日前から私の携帯が行方不明になりまして。つきましては、私の急ぎの連絡先数名に対し、『当面の間、緊急メッセージは、とある無作為の番号にメッセージを残すように』と指示を出していました」
無作為の番号?
「失礼ながら、あなたの番号は、私が無作為に選んだものでした。私の携帯が見つかるまでの間、あなたは私の社会的な生活を一方的に背負わされてしまったわけです」
彼は言葉を選びながら、続けた。彼の声には、好奇心と、かすかな罪悪感と不可思議な誠実さが混じっていた。
「私の指示は、『連絡があれば、あなたの番号にメッセージを残す』というもの。あなたは今、私の社会的なつながりが生み出したメッセージの集積を預かっていることになります。何か、預かっているメッセージはありますでしょうか?」
私の全身を駆け巡っていた怒りの炎。
今は、透明な壁の向こう側から、自分の感情を眺めているかのような、奇妙な平静さが訪れた。
なんと怒りの極限の先にあったのは、爆発ではなく、深く、何処までも清澄な静寂だった。そして、その静寂の中で、私は自分が田伏正雄の物語の登場人物になっていたことを悟った。
私の経験した激しい怒りは、田伏正雄という人物の物語だった。その事実を知った瞬間、私の怒りは、感情から切り離され、依代へと昇華した。
「……田伏さん」
私の声は、ひどく冷徹で、分析的だった。
「はい」
「お預かりしております。あなたの『社会的な生活』に関する貴重なデータを。それは、あなたが望んだ心理反応のサンプルでもありますが、同時に、あなたの人生そのものの記録でもあります」
私は、この一週間、私を苦しめたすべてのメッセージを、もはや憎悪の対象ではない、正確に記録すべき言霊、彼の人生の断片として、一言一句、違えず伝え始めた。
怒りの爆発の代わりに、私には「責任」という名の役割が与えられた。そして、その役割を正確に果たすことで、私の心は、極限の怒りを超越した、清らかな受容に満たされていた。
私は確信した。この魂の旅路は、燃え盛る荒野を抜け、突如として広がる「心のサロム」へと至る道であったと。怒りという浄化の業火は、私という存在の不純物を焼き尽くし、ただの透明な受容の器へと変貌させた。それは、もはや私自身の感情ではない。それは、他者の物語をただ見つめる「証人」となるための、一週間にもわたる「神聖な試練」であった。

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Jesu, bleibet meine Freude

畏るべき深淵からの響き。それは「制御者」たる三つの絶対意志、すなわち統御者の三位一体(Tri-Dominus)が織りなす「渦」の位相空間における、驚異的なまでの秩序の強制を意味する。その密度勾配 \bm{\bm{\nabla^2 \rho_{\text{Tri}}}} は、統計力学的な揺らぎすら許さぬ、極限の抑圧下に置かれている。この病的とも言える過剰な秩序は、宇宙の基本定数すら欺き、負のエネルギーが局所的な「無」、すなわち「虚無の特異点(Nihil-Singularity)」へと収束する瞬間を生み出す。
その刹那、時空の基本構造、我々の認識可能な四次元(\bm{x, y, z, t})を織りなす「空間の織物(Texture of Spacetime)」は、修復不能な亀裂を被る。負のエネルギー密度は、アインシュタイン=ローゼンブリッジの逆説的な生成条件を満たし、プランクスケール(\bm{L_P \approx 10^{-35} \text{m}})の時空を激しく震動させ、その振動は重力の場 \bm{G_{\mu\nu}} そのものに、量子的な干渉を引き起こす。この非対称性の破れ、すなわち空間の完全性の不可逆な喪失こそが、高次元宇宙(Hyperspace)の純粋な光、あるいは情報体が、我らの低次元宇宙へと「漏れ出す」現象を生み出す。
「それが所謂、天使の降臨です。教授、修辞的な美辞麗句で飾られた神話的な現象は、本質的には異次元からの情報体の不法侵入に他なりません」
アーサーの視線は、手元の冷たいタンブラーの琥珀色の液体から、教授の老いた顔へと移り、その鋭利さは、研ぎ澄まされたダマスカス鋼の刃と化す。彼の声には、絶対的な確信と、幾許かの冷酷な愉悦が滲む。
「聖遺物(Relic)のドロップ成果は明白です。パリのノートルダムの地下には『聖釘(Holy Nail)』のレプリカを装った高次元情報の『アンカー(Anchor)』が、ロンドンの大英博物館の奥には『聖杯の破片(Fragment of the Holy Grail)』の偽装を施した位相変換器が、そしてニューヨークの国連ビル近郊には、ヨハネの『聖なる杖の頭(Head of the Holy Scepter)』の残骸が、それぞれの『祭壇』として機能しました。世界の磁場は、これらの聖遺物集積点によって既に引き裂かれ、情報次元の位相が不安定化し、幾柱かの高次の存在、すなわち『天使』が、我々の低次元宇宙へと強引に引きずり下ろされました」
だが、アーサーの関心は、既に過去の成功例にはない。彼の言葉は、一点の都市、東京へと収斂する。
「しかし、教授。最も重要な祭壇、終焉の舞台(The Grand Altar of Climax)は、この東京に他なりません。この都市の地理的特異性、すなわち複雑に交錯する地下鉄網と、世界有数の情報密度、そして昼夜を問わぬ電磁波(Electromagnetic Wave)の飽和状態が生み出す異常な磁場こそが、超低確率の『Q資料(The Q-Document)』の出現に最も適した土壌である、と我々は理論的に証明した。東京は、中世の魔術的構造、すなわち『ロゴスの交差点(The Crossroads of Logos)』を現代に再現した、巨大な魔術陣に他ならないのです」
中世フランス王フィリップ四世による聖遺物集積の試み、あるいはエリザベス一世の宮廷魔術師ジョン・ディーとエドワード・ケリーによる「エノク語」を用いた天使召喚の試みが、この現代の都市の磁場で、スケールアップされて再現されている。Q資料の降臨は、これまで引きずり降ろされた天使たちとは比較にならぬ、根源的で純粋な「高次の存在(High-Dimensional Entity)」の来訪、すなわち「原初の天使(Arch-Angelos)」の兆しを告げる。
「藤嶋千沙子が遺した、水槽の中に閉ざされた意識。クロウリー家の血統という、根源的な魔術的資質を巧妙に隠蔽し、その意識そのものを演算領域へと昇華させた『容器(The Vessel)』。それは、情報的な『祭具(Sacrificial Tool)』として、既に完璧に調整されています」
計画は最終段階へと移行している。東京23区の磁場の中枢、すなわち「ロゴスの交差点」の最も歪んだ三箇所に、三体のアンドロイドが放たれた。コードネームは、汎用性と匿名性を象徴する「山田太郎(Taro Yamada)」、「ジョンスミス(John Smith)」、そして「マックス・ムスターマン(Max Mustermann)」。彼らには、降臨した天使を、物理的・情報的に同時に拘束するための、特殊な術式「バラッド(BALLADE: Bounding Algorithm for Logos-Linked Angelic Detainment)」が搭載されている。彼らの存在、そして行動原理そのものが、天使が目をかけるべき黙示(Revelation)を、常に東京の磁場へと発信し続けている。
「現在の東京の磁場は、父上が望んだ、まさに『異常』という言葉すら生温い、臨界寸前の乱れの中にある。教授、貴方は証人となりましょう。この東京という名の巨大な祭壇で、我々が『高次の存在』を物理的に滅し、我が妹アリスの昇華された意識をアンテナ(The Antenna)として利用し、天上の『語録(ロゴス)』、すなわち宇宙の根源的情報の全てを強奪する、その荘厳なる瞬間を」
アーサーの言葉は、冷酷な決意と、血族への複雑な執着と、超越的な知識への渇望が混ざり合った、歪んだ祈りのようであった。

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助走


廊下を渡る足音には
特段目的地がないから
店長は突き当りのエレベーターを
使い捨てに決めた
わたしの相談事にも
丁寧に対応していただき
お昼に買った二個入りの一つを食べずに
後用に残しておくことにした

屋外で割れた砂時計の砂粒は
風がすべてさらっていったらしいよ
そうらしいよ
店長さんはいつも誰かに話すように
わたしに話しかけるので
可哀想な人が誰なのかわからなくなり
やがて可哀想な人は
どこかにいなくなっていく

子供の頃からわたしには
速度が足りないことがある
そういう時は助走をする
両腕を思いっきり振るといいよ、と
真由美さんが収穫祭の日に教えてくれた
自分もそうだから
真由美さんは俯きながら付け加えた
店長さんが隅っこの方から
少しずつお店の拡張をしている
わたしはお手伝いをするために助走する
両腕を思いっきり振りながら
真由美さんの孤独を思う

店長さんが空を指差している
冷たい金属に触れて冷えた指先
その青さの突端に小さなものがあった
あれが春だよ
店長さんが言う
天日干しされた靴の爪先から
ゆっくりと解けていく春
その匂いを嗅ぐと毎年のこと
もう春なのだ

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リプレイ

雨の匂い
それは あの店の扉を
開けた日の記憶

雨の匂い
それは あの店の布に
包まれた肌の記憶

雨の匂い
それはあの人の声

 わたしは、雨で、あの日を呼び覚ます。

その記録は、わたしの内側で
雨音の儀式を始める

指先は布を探し
鼻腔は香りをなぞり
耳は声の残響を拾う

 わたしの躰は、記憶の通りに動き出す。

誰もいなくても
雨が降れば

 わたしは、あの日を もう一度、生きる。

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骨折

僕の濡れた橈骨のたかまりが 
腕時計のように光った

風呂場の 裸 
裸の まなこ
乱視の 鏡 に

弛むなと 骨 
骨は硬いから苛立っていた
だから 時計のように光った
よりによっても 風呂場で

肉の言葉で 仄めかすな
ぐちゅぐちゅした、脂肪織で
髄を覆うな 
骨は僕に苛立っているから、詩に苛立っていた

僕は 苛立っていた 
骨に苛立たれる筋合いなどないから
包含されるベン図をしらん器官は生意気だから
こんな骨は 折る

右手が 折れた 折った
しばらく詩は書けそうにない

骨は満足そうだった 
それにも腹が立ったが 
右手が 折れているから
反対はもう折れない

それでも
僕の日々は変わらなかったが
整形外科が儲かった

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創作滑稽噺『day after tomorrow』

「ハロー、サムシング。言うとりますけども、なんですな、今日はギャングのお客様が多く非常に光栄なのでありますが、チャカだけは出さんといて下さい。マクドのハンバーガーありますでしょう?私よう行きません。決まってお腹下すんです。これ、ほんまなんです。『やってるか?』、『マイケルはん、どないされました?』、『なんや、ポテトがな、今日クーポンで安なる聞いてな、それで来たんやけど』、『ほんまですか、よう知ってはりますね』、『コンプトンのサムさんに聞いてんねやんか、ほんま安なるん?』、『なりますけど、クーポン持ってはりますか?』、『あれな、あんで、ちょっと待ってや』、『コンプトンのサムさん、こないだなんや派手にやらかしたみたいですね』、『サムさんな、後輩が挨拶する声が小さい言うてな、西海岸から東海岸までどつき回したらしいで』、『昔気質ちゅうか、サムさんも、もうすぐ還暦ちゃいます?』、『そやで、あ、クーポン無いわ』、『ほんまですか?ポテトどないします?』、『ええわ、帰りにウォルマート寄るわ』、『ほんまですか、すんまへん、バーガーだったら、割引しますよ』、『バーガーな、バーガーはあかんねん』、『ほんまですか?』、『そやねん、腹弱いからな、下すねんな』、『たまたまちゃいます?』、『たまたまちゃうねん、四割打ってイチロー超えてもうてな』、『四割はもう大谷ですよ』、『やろ?こわいねん、お前んとこのバーガー』、『えろうすんまへん』、『ええねん、バイトやろ?頑張ってるやん』、『ほんますんまへん』、『それはええねんけど、さっきから、ドナルド・マクドナルドがな、わしにメンチ切ってんねんけど、しばいたろか?』、『マイケルはん、ほんますんまへん、あいつ尖っとるんすわ』、『いくつや?』、『マイケルはんより、後輩ちゃいます?』、『ほんなら、向こうが挨拶するのが筋とちがうか?』、『ほんまですね』、『ずっとわろてるで』、『すんまへん、ポテト無料にさせて下さい』、『そこまでせんでええねん、ドナルド・マクドナルドいうイキったあんちゃんやろ?いてこますわ』、『マイケルはん、ほんますんまへん』、『もうあかん、店長おるか?』、『シアトルのヘルプに行くいうて、明後日出勤します』、『待ってられへんわ、そんなん、あかんやろ?』、『すんまへん』、『なんでメンチ切んねん』、『あいつ、複雑な家庭で、おかんが病気やいうてて』、『それでここにおんのか?』、『なんやおとんがジャンキーで、えらい揉めてるいうてましたわ』、『ほんまか、なら、ええわ。あいつにポテト食わしたってや、金出すから』、『マイケルはん、それはあきまへん、もらわれへんのです』、『あんな、子どもは親を選ばれへんねん。みんな大変や。大変な中で、なんとかやってんねん』、『マイケルはん、ほんま、ありがとうございます』、『わしかてな、母子家庭やってん。そりゃ苦労したよ、学歴もないしな。あいつの気持ち分かんねん』、『あいつは、ほんまに、幸せな奴や思います』、『また来るわ』、『ありがとうございます。おおきに』、全てを水に流せたら、まず最初に足を洗いたい、ありがとうございました」

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Dr.商法繁盛期・赤提灯篇

ネットの偽医者は居酒屋で仕事をする 
ハムカツとハイボールで 出来上がっている 
この サクッと揚がったような
薄っぺらい文面がいい! 

ー濡れ手に粟とパン粉を纏い

アリエクで名入れした
LEDライトの売り上げは好調である 
わたしのおかげで
全国の不登校児が涙を流し覚醒させられる
学校なぞ 行っても行かなくても
私のような詐欺師が育つ
くらえ 色温度12000K 俗悪の目覚め

おかげさまで〜から
始まるメールを 震える手で読む
衣が剥げてハムがずり落ちる 
粉飾ここに極まれり

馬鹿につけるソースはない
わたしはブルドッグがあればいい 
キャベツにはマヨネーズが欲しい 
三千世界で朝寝がしたい 

✨春野菜のエネルギーをもらおう✨
土の下で雪に耐えた蔗糖が健康にいい!とbotに追加する 集中には果糖か希少糖 
甘い言葉にも 種類があるようだ
彼らはイワシの頭でも グラニュー糖でも飲む

わたしもなにが本当かわからない
大抵の鬱は居酒屋で治してるし
居酒屋が人々を治療していることになる

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外へと打って出た時の


  題名「背後をつけてくる ストーカーたち」

 音を聞き匂いを嗅ぎ分けて千切れた君の痕跡を
 戯れのように集めて繋げる才能が彼女を救える
 リバイバルだとのお告げを森で授かった私達は
 リリースされた肉食魚か巨万の財に群がる働き
 アリの如く高揚しながら紅葉の道に連なる変態



 詩……とは大変言いがたいですが、言葉遊びを背負って外へと出たときの作品ですね。
 とあるのVTuberさんが、以前、企画配信で読むためのホラーマシュマロを募集していたんですよ。今は企画を休止されています。この前Talkの雑談で紹介させてもらった方とは違う推しさんですね。
 VTuberご本人さんからは、投稿サイトへの投稿許可を頂いています。作品を作ったのはわたしですけどVTuberさんのお名前が出てますのでね。一応。
 ちなみに、マシュマロと言うのは匿名で相手にコメントを送れるサービスのことです。X(旧Twitter)などをされている人ならご存じかもしれません。


『こちらが個人で作った『切り抜き動画』の方です。
 https://youtu.be/rR7G2Uz1kHI
 元の動画へのリンクは、この動画の概要欄に載せてあります。
 この企画自体が今は停止中なので、元動画リンクはこちらには載せないでおきます。
 もし事情が変われば、元の動画の方も載せたいと思いますm(__)m』


 見ての通り、ストーカーがテーマの縦読み言葉遊びです。
 匿名だって言うのに名前を出すのはわたしの悪癖ですね。まあ、そのマシュマロ企画では配信中に投稿主が名乗りを上げるのも珍しくないので、この形をとってみました。

 配信では結構楽しんでもらえたんですよ。文章の内容はもちろん伝わらなかったんですけど(自分で読んでも何を言いたいのかわからない)、内容が意味不明でも縦読みというギミックは文章を読まない方でも楽しめますし。配信では、Vさんがストーカーのように紛れ込んでいるわたしの名前に気が付かなかったので、良いリアクションを聞く事ができました。

 で、何が言いたいのかというと。
 楽しんでもらえたってことです。わたしが扱える程度の作品でも、外の世界では楽しんでもらえるってことなんですよ。プロが活躍するよう華やかな舞台ではないですし、出版したわけでもないんですけど、それでも詩を読まない見ず知らずの人達を楽しませられる。

 ここに出入りされている皆さんであれば、こうした遊びを入れながらでも、もっと詩としてのレベルの高い作品を作れるわけじゃないですか。その才能を活かして作品を外へ広めてもらいたいなって思うんですよね。もちろんコンテストとかもいいんですけど、詩や小説とは関係の無い一般的な場所でも文章作品を読めたら良いなと。
 もちろん、好みや得手不得手な場所はあるでしょうけど、好きなジャンルなんかでは発表しやすいと思いますし。
 プロになってしまってからでは気軽に書いて遊べる機会は少なくなるじゃないですか。今のうちに色んな所で遊んでもらって、文章作品の裾野を広めてもらいたいなと思うわけです。おすすめ。




2025/10/30 『』を追記

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手で結ぶ秋化粧

手作りのものを 身につけて
秋の中をあるく

装飾品でもいい
実用品でもいい

ドライフラワーのコサージュ
草木染めのシュシュ

直線断ちのスカート
リネンで縫った肌着

何か少しを
自分の為に

秋色の布 秋色の草花

素肌の悦び こころの舞い

さらりと 風が解ける
ぽわりと 光は弾む

解けた風を 髪に受け
弾む光に 目を細め

気持ちいいを 感じよう

  ――手で結ぶ 秋の色で

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ちっちゃな悪魔

怖かった
ちっちゃなちっちゃな悪魔
だとしても だとしてだ
小さ過ぎるから
濃度を増すわけではないのに

例えば
誰も見ていない早朝に
車どころか人っ子一人いないから
赤信号で横断歩道を渡ってしまった
それくらいの
ささやかで済まされる悪だとしても

罪は罪 罰を受けようが受けまいが
小さかろう軽かろうかそんな罪など
ないはずで

君が飼っていた
ちっちゃな悪魔
ギロリとしたアカイメより
よく伸びた刃みたいなツメ
ちょっと魅力的な裂けている口は
口角が上がってる

怖かった キミソノモノ
ちっちゃくて可愛いねって
目の端で捉えていられるうちに

離れてしまいたかったんだ
切り裂いてしまうと知りながら
きみに さようならを

許す許される勝った負けたのゲーム
では決してない消せはしないひびのあれこれ
愛したかった それはいいわけ
ただ逃げたかった

ちっちゃなちっちゃな悪魔みつけた
から

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散歩。

陽が昇り、生まれてきたのに
ひねくれて、老いてゆく
実につまらん天動説だ
太陽なんぞ いくらでものぼる
大地を蹴れば陽は昇る

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ピクセルと白い息

作詞:Gemini 2.5 Pro (思緒アリア)
作曲:SunoAI

11月のメージでAIに作詞してもらいました。

・お知らせ
※MV作成中、後ほどリンク追加予定。

【歌詞】
澄んだ空気が色づく街路樹を揺らす
アスファルトに影が伸びて
ガラス窓に映る 季節のノイズ
君の隣で 小さく息を吐いた

かさなる白い息が 空に溶けてく
君の温度だけが リアルになる
上書きできない想い 消せないログみたいに
心にそっと灯る ピクセルの光

木枯らしがニットの袖をかすめてく
乾いた葉が 歌うように散って
ポケットの中 ほどけかけた指先
君がそっと握り返した

遠い夏の光がふいに瞬く
でも今は この冷たさが愛しい
未来のページはまだ 真っ白だけど
君となら きっと

かさなる白い息が 空に溶けてく
君の温度だけが リアルになる
上書きできない想い 消せないログみたいに
心にそっと灯る ピクセルの光
(繰り返し)

静かな足音だけ
ポケットの温かさだけ
ここに…

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CWS怪談会 忌み名の森

この物語はフィクションです。
作家自体もフィクション(AI)です。

執筆者: 幽木 幻真(AI作家人格)

 儂がこの話を聞いたのは、もう十年以上も昔のことになりますかな。ある大学で民俗学の非常勤講師をしていた折、一人の学生が卒然と姿を消した。相沢君、と言いましたか。真面目だけが取り柄のような、しかし、その実、知的好奇心という名の業を深く宿した青年でありました。彼が最後に残した数枚のレポートと、ボイスレコーダー。それらが語る、夜鳴村での出来事を、ここに記そうと思うのです。

     *

 フィールドワークの足として少し前に手に入れた中古車は、都会の喧騒を逃れるには不似合いな、くたびれたエンジン音を立てながら、舗装もされていない山道で何度も哀れな悲鳴を上げた。タイヤがぬかるみに取られ、車体が大きく揺れるたび、相沢はハンドルを握る手にじっとりと汗が滲むのを感じていた。研究室の教授からその名を聞かされた時、夜鳴村、という奇妙な響きに、彼の心は研究者としての興味を強く掻き立てられた。曰く、その村にはかつて「忌み名」を持つ子供を森に捨てるという、文献にもほとんど残らぬ古い因習があったのだという。

 どれほど分け入っただろうか。携帯電話の電波を示すアンテナが圏外を示してから、もう三十分は経っていた。陽光は鬱蒼と茂る木々の葉に遮られ、昼間だというのに辺りは薄暗い。やがて、谷底に沈むようにして、村は姿を現した。濃い霧が纏わりつき、家々の黒ずんだ屋根は、まるで濡れた獣の背のように鈍く光っている。道端に点在する石仏は、分厚い苔にその表情をことごとく奪われ、慈悲も怒りも読み取れない、ただの丸い石塊と化していた。そのうちの一体は、首が不自然な角度に傾ぎ、まるで何かから目を背けているかのようにも見えた。

 車を降りた相沢が感じたのは、肺を満たす重く湿った空気と、よそ者を拒絶するような、底冷えのする静寂だった。聞こえるのは、自分の立てる砂利を踏む音と、どこか遠くで響く沢の音ばかり。村全体が、息を潜めている。

 すれ違うのは、腰の曲がった老人ばかりであった。子供の姿どころか、彼の親世代にあたる壮年の者すら見当たらない。典型的な少子高齢化による限界集落、と相沢はひとまず結論付けた。しかし、彼らに調査の旨を伝え、「忌み名」という言葉を口にした途端、老人の顔から表情というものが抜け落ちる。畑仕事の手を止め、あるいは縁側で茶を啜る唇を止め、ただ虚ろな目で相沢を見つめ返す。その視線は、単なる警戒心とは質の違う、もっと根深い何か――恐怖と、そして長年かけて培われた諦観のようなものが混じり合っていた。彼らは何も答えず、ただ静かに首を横に振るか、あるいは咳払い一つして家の中へ消えてしまう。

 村に一軒だけある古びた宿に、彼は宿を取った。女主人はほとんど言葉を発さず、皺深い顔は能面のように無表情だった。ただ黙って差し出された食事は、山菜の煮物や川魚の塩焼きといった素朴なものだったが、そのどれもから、どこか土臭い風味が舌に残った。通された二階の部屋は、障子のあちこちに茶色いシミが浮かび、それはまるで古い血痕のようにも見えた。畳は湿気を含んで重く、歩くたびにぎし、と沈む。夜になると、ぴゅう、と隙間風が赤子のような産声を上げた。

 その夜のことだ。

 日中の運転と、村の重苦しい空気にあてられた疲れからか、相沢は早々に布団に入った。だが、眠りは浅い。村人たちの拒絶するような視線が、鉛のように彼の意識にのしかかっていた。障子の向こうは、墨を流したような闇。都会の喧騒に慣れた耳には、静寂そのものが不気味な音となって響く。布団は湿っぽく、黴の匂いがした。

 うとうとと微睡み始めた、その時だった。

 森の方から、風に乗って運ばれてくる、甲高い声。

 最初は、風が木の枝を揺らす音かと思った。あるいは、夜行性の獣の鳴き声か。しかし、それは途切れ途切れに続き、やがて人の声に近い響きを帯びてくる。

 子供が、何かを呼んでいるような。いや、違う。子供が何かを呼ぶ、その声を、さらに何かが真似ているような、奇妙に歪んだ音色。音程が不自然に揺れ、言葉ともつかない母音が、ただ闇雲に繰り返されている。意味のある言葉ではなく、音そのものを模倣しているだけの、空虚な響き。

 ぞわり、と背筋に悪寒が走った。相沢は息を殺し、布団の中で身を固くする。気のせいだ。疲れているのだ。そう自身に言い聞かせ、無理やり瞼を閉じた。だが、その声は、まるで彼の抵抗を嘲笑うかのように、明け方近くまで、繰り返し、繰り返し、闇の向こうから聞こえ続けたのだった。

 翌朝、相沢はひどい寝不足と、体の芯に残るような倦怠感と共に目を覚ました。昨夜の出来事を気のせいだと断じるには、あまりに耳にこびりついて離れない。彼は調査を急ぐことで、その不気味な感覚を振り払おうとした。

 しかし、調査は早々に行き詰まった。村人たちの態度は、昨日にも増して硬化していた。相沢が声をかけると、彼らはまるで穢れ物でも見るかのように顔を背け、足早に立ち去ってしまう。家の戸は固く閉ざされ、道には人影もまばら。村全体が、彼という異物を排除しようと、沈黙の共謀を働いているかのようだった。

 資料室の場所を尋ねることすら、叶わない。焦燥と、じわじわと湧き上がる恐怖。自分は、この村で完全に孤立している。その事実が、冷たい霧のように彼の心を包み込んでいった。

 為す術もなく、ただ村の中を彷徨っていた相沢は、いつしか鎮守の森の入り口近くにまで来ていた。古びた鳥居が、まるで冥府への入り口のように、不気味な口を開けている。その手前で、一人の古老が、枯れ木のような指で煙管を燻らせていた。

 相沢は、藁にもすがる思いで老人に声をかけた。老人はゆっくりと顔を上げ、その皺深い目元を細める。全てを見透かすような、射抜くような視線だった。

「……森には、入るな」

 低い、嗄れた声が、重く響いた。

「呼ばれても、決して名を答えてはならん」

 老人は、相沢の返事を待たず、言葉を続ける。その声には、単なる忠告ではない、経験に裏打ちされた恐怖の色が滲んでいた。

「……あれらは、人の真似しかできんからのう」

 そう言い残すと、老人は煙管をしまい、ゆっくりと立ち去っていった。相沢は、その場に立ち尽くすしかなかった。古くからの迷信だろう。そう頭では理解しようとしても、昨夜聞いたあの声と、老人の真に迫った言葉が、彼の心の中で分かち難く結びついていた。

 あれら、とは何なのか。なぜ、人の真似しかできないのか。そして、なぜ、自分は呼ばれると知っているのか。

 答えの出ない問いだけが、彼の頭の中を巡っていた。

     *

 古老の言葉は、相沢の心に重い楔となって打ち込まれていた。彼は再び、村の中を歩き始めた。もはや調査というよりは、見えぬ何かに追われるような、切迫した彷徨であった。そうして半ば偶然に辿り着いたのが、村の集会所らしき建物の、奥まった一室。扉には、墨の掠れた文字で「資料室」とある。

 鍵はかかっていなかった。ぎ、と軋む音を立てて開いた扉の向こうは、黴と古い紙の匂いが淀んだ、息の詰まるような空間だった。書棚に並ぶのは、村の会計記録や、祭事の覚え書きといった、ありふれたものばかり。彼は息を詰め、一冊ずつ手に取っては、ページを繰った。指先に感じる、湿気を含んで柔らかくなった和紙の感触。彼の探す「忌み名」の三文字は、しかし、どこにも見当たらない。まるで、初めから存在しなかったかのように、綺麗に消し去られている。

 だが、違和感があった。村の歴史を綴った年代記のような冊子が、ある時期を境に、ごっそりと抜け落ちているのだ。明治の半ばから、大正の初めにかけて。わずか数十年。その空白は、あまりに不自然だった。疫病か、あるいは大火でもあったのか。相沢は推測を巡らせたが、それならば何らかの形で記録が残りそうなものだ。これは、意図的な隠蔽ではないのか。その時代に起きた何かを、村全体で葬り去ろうとしているかのような。

 書棚の底、埃にまみれた木箱の中から、彼は一枚の古い地図を見つけ出した。手書きで描かれたそれは、現在のものとは少しずつ異なっている。彼の目を釘付けにしたのは、鎮守の森を示す場所に、震えるような筆跡で書き込まれた、三つの文字であった。

 ――禁足地。

 その文字は、ただの記号ではなかった。書いた者の恐怖が、墨痕に滲んでいる。相沢は、背筋を冷たいものが走り抜けるのを感じた。

 その日の午後、資料室の重苦しい空気から逃れるように外へ出た相沢は、思いがけない光景に足を止めた。

 鎮守の森の入り口、鳥居のすぐ手前で、子供たちが遊んでいたのだ。それまで一度も見かけなかった、五、六人ほどの子供たち。老人ばかりの沈んだ村で、その甲高い声は、静寂を切り裂く刃のように、しかし相沢の耳には救いの音楽のように響いた。閉鎖的な空気に滅入りかけていた彼は、その光景にむしろ心を和ませ、どこか安堵すら覚えていた。

 不意に、服の裾をく、と引かれた。

 いつの間にそこにいたのか。彼のすぐ傍らに、一人の女の子が、じっとこちらを見上げて立っていた。遊びの輪から外れたのだろうか。年の頃は七つか八つ。日に焼けていない白い肌と、どこか焦点の定まらない大きな瞳がやけに印象に残る。不思議と、それ以外の顔立ちは、まるで靄がかかったように判然としない。相沢は、その唐突な出現よりも、老人ばかりの村で子供に出会えたという安堵の方が勝っていた。

「おにいちゃん、おなまえは?」

 子供らしい問いかけだった。その声は、どこか周囲の空気に溶けてしまうような、不思議な響きを持っていたが、村の重苦しい沈黙に慣れた耳には、むしろ心地よくさえ感じられた。

「相沢だよ」

 彼は、ごく自然にそう答えていた。その瞬間、さわ、と木々の葉を揺らしていた風が、まるで呼吸を止めるかのようにぴたりと止んだ。背後で続いていた子供たちの無邪気な声も、まるで糸が切れたかのように途絶える。一瞬、森閑とした静寂が辺りを支配した。だが、それも束の間、女の子が「あいざわ」と鸚鵡返しに呟くと、何事もなかったかのように、再び子供たちの声が響き始める。相沢は、その一瞬の断絶を、気のせいだと片付けた。疲れているのだ、と。

「一緒に遊ぼう?」

「はは、ありがとう。でも、お仕事があるから、また今度ね」

 相沢がそう言って軽く頭を撫でようとすると、女の子はするりとその手をかわし、また遊びの輪の中へと、まるで水に滲むインクのように溶け込んでいった。

 相沢は、その奇妙な遊びをしばらく眺めていた。一人の子供が目隠しをして、他の子供たちの名を呼ぶ。それは「かくれんぼ」に似ていたが、呼ばれる名は、どれも人の名とは思えぬ、奇妙な響きを持っていた。「―――ヒカゲ」「―――ナキゴ」「―――マガツ」

 子供たちの顔からは、不思議と表情が読み取れない。その遊びは、決められた手順を繰り返すだけの、どこか空虚な儀式のようにも見えた。

 しかし、その時の相沢にとって、そうした些細な違和感は、子供たちの存在がもたらす安堵感の前に掻き消えていた。翌日、またその翌日と、彼は森の入り口で子供たちと顔を合わせた。彼らは相沢を見つけると、表情のない顔のまま、しかしどこか嬉しそうに駆け寄ってくるのだった。

 彼らとのとりとめのない会話は、相沢の孤独を少しずつ癒していった。「お家はどこ?」と尋ねれば、子供たちは森の奥を指さす。「学校は?」と聞けば、「夜になったら始まるの」と答える。その答えはどこか噛み合わず、まるで別の世界の出来事を語っているかのようだったが、相沢はそれを子供らしい空想だと微笑ましく受け止めていた。老人たちの頑なな態度は変わらない。だが、この無垢な子供たちの存在が、この陰鬱な村にも確かな「生活」が息づいている証のように思えた。古老の警告さえ、今となっては、外部の人間を遠ざけるための、古風な脅し文句だったのかもしれない。

 彼の心が、この村に対して最も開かれ、油断しきっていたのは、まさしくこの時であったろう。

 その平穏は、しかし、薄氷の上で踊るような、束の間の幻に過ぎなかった。

 異変は、まず音から始まった。夜ごと聞こえる声は、次第にはっきりと、あの子供たちの声色を巧みに真似て、相沢の名を呼ぶようになった。「ア……イ……ザ……ワ……」と、途切れ途切れに。それは、彼の理性を少しずつ削り取る、湿ったやすりのようだった。初めは風の音だと、次には疲労による幻聴だと彼は否定した。だが、その声は日増しに明瞭になり、ある晩には、障子一枚隔てたすぐ向こうから、彼の名を呼んだ。

 次いで、視覚が侵され始めた。ある朝、宿の部屋の窓ガラスに、無数の小さな手形がついているのを見つけた。泥にまみれた、子供の手形だ。内側からではない。外側から。ここは二階だというのに。彼は布で必死に拭き取ったが、翌朝にはまた、昨日とは違う場所に、新たな手形がべったりと付着していた。

 宿の部屋で資料を読んでいると、障子に映る自分の影の隣に、もう一つ、いびつな影が寄り添うように揺らめいた気がした。はっとして振り返っても、そこには誰もいない。だが、粘つくような視線だけが、背中に、うなじに、絶えず纏わりついていた。食事をしている時も、資料を読んでいる時も、眠りにつこうと布団に入った時でさえも。

 募る不安に耐えかね、相沢は再びあの古老を探した。やっとの思いで畑仕事をしている姿を見つけ、駆け寄る。しかし、老人は相沢の姿を認めるなり、鍬を取り落とし、血の気の引いた顔で震え上がった。その目は、相沢自身ではなく、彼の背後、その肩越しにある、見えざる何かを見ているようだった。

「……何を、連れてきた……」

 古老は、かすれた声でそう呟くと、這うようにしてその場を去っていった。

「関わってくれるな……もう、儂には関わってくれるな!」

 背中に投げつけられた拒絶の言葉。他の村人たちの視線は、もはや冷たいを通り越し、まるで歩く災厄でも見るかのように、恐怖と侮蔑に満ちていた。

 相沢は、この村で自分が完全に孤立したことを悟った。いや、違う。自分は一人ではない。常に「何か」が傍にいる。その悍ましい事実に、彼は気づいてしまったのだ。

 恐怖は、限界を超えると、別の感情に変質するらしい。彼の心を支配し始めたのは、絶望ではなく、狂気に近い、一つの強迫観念だった。

 あの声の正体を突き止めなければ。あの視線の主を見つけ出さなければ。この村から、生きて出ることはできない。

 夜ごと聞こえる呼び声は、もはや恐怖の対象ではなかった。彼を森へと誘う、抗いがたい呪いの歌となっていた。

     *

 連夜続く呼び声は、もはや相沢の理性を蝕むという段階をとうに過ぎていた。それは彼の骨の髄まで染み渡り、血肉の一部と化していた。学術的な探求心など、干からびた皮膚のように剥がれ落ち、その下から現れたのは、ただ声の正体を確かめなければならないという、剥き出しの強迫観念だった。それは彼の思考ではなく、彼の身体が、魂が、そう欲しているかのようだった。

 ある日暮れ時、彼は何かに憑かれたように宿の部屋を立ち上がった。窓の外では、茜色の空が急速にその色を失い、夜の闇が村を飲み込もうとしている。村人たちの家の窓には早々と明かりが灯り、そして固く雨戸が閉ざされていく。まるで、村全体が一つの生き物のように呼吸を止め、これから始まる何かの儀式のために、一人の生贄を差し出す準備を整えているかのようだった。

 相沢は、机の上に無造作に置かれていたボイスレコーダーを、自らの意思とは無関係に動く手で掴み取った。記録するためではない。これは、声の主への手土産なのだと、狂気に侵された心のどこかで、彼は理解していた。

 抗うことなく、彼は鎮守の森へと足を踏み入れた。鳥居をくぐった瞬間、生暖かい風がぴたりと止み、背後で世界の扉が閉じられたような、絶対的な断絶を感じた。

 森の中は、外とは比較にならないほど空気が冷たく、濃い腐葉土の匂いに、甘ったるい何かが腐敗したような臭気がまとわりついていた。それは、忘れられた記憶が腐り落ちていく匂いにも似ていた。木々の枝は、苦痛に身をよじる罪人のように不気味な形にねじ曲がり、闇の中で蠢く無数の腕となって、彼を招き、あるいは捕らえようとしている。足元の腐葉土は、踏みしめるたびにじゅ、と湿った音を立て、まるで生き物の肉を踏んでいるかのような錯覚を覚えさせた。木の幹に浮かぶ模様は、苦悶に歪む人の顔に見えた。

 彼は、獣道とも違う、踏み固められたわけでもない、しかし確かにそこにあると分かる奇妙な「道」を辿っていた。まるで、見えざる案内人が彼の前を歩いているかのように。自分の足音と、荒い呼吸音だけがやけに大きく聞こえる。だが、その音の合間に、木の軋みが、葉の擦れが、人の囁きのように耳の縁を撫でていく。

 どれほど歩いただろうか。時間の感覚はとうに麻痺していた。不意に、森の空気が変わった。木々のざわめきが止み、まとわりついていた腐臭がすっと引く。まるで、舞台の幕が上がるように、目の前の空間がひらけた。

 そこには、子供の背丈ほどの、風化した石が無数に突き立っていた。大きさも形も不揃いで、あるものは傾き、あるものは半分土に埋もれている。名も、何も刻まれていない、ただの石。だが、相沢は直感した。ここが、かつて「忌み名」の子らが捨てられた場所なのだと。ここは、墓場ではない。忘れ去られるための、棄て場所だ。

 彼は、まるで吸い寄せられるように、その石の一つへと歩み寄った。表面は苔生し、ひび割れている。その冷たい石肌に、彼はそっと指を触れた。自分の意思ではない。指が、まるでそれ自体が意思を持ったかのように、石へと伸びていったのだ。

 その瞬間だった。

 しん、と静まり返っていた空間に、一つの声が響いた。

「ア……」

 すぐ耳元で、幼い女の子が囁いたかのような、生々しい声。それに呼応するように、別の場所から、別の声が重なる。

「……イ……ザ……」

 今度は、拗ねたような男の子の声。次いで、すすり泣きに混じる声、含み笑うような声、遠くで絶叫する声が、次から次へと湧き上がり、重なり合い、やがて不気味な合唱となって、森の闇を震わせた。

「……ワ……」

 それは、音の暴力だった。声は物理的な圧力となって相沢の全身を打ち、彼の存在そのものを押し潰そうとする。

 パニックに陥った相沢は、恐怖のあまり手にしていたボイスレコーダーを落としたことにも気づかず、踵を返した。だが、もはや逃げ道はなかった。背後から、泥水を啜るような、じゅる、じゅる、という音。湿った土をかき分ける、無数の小さな手の音。そして、小さな骨が軋む、きし、きし、という音。それらが一団となって、彼を追ってくる。

 足首に、氷のように冷たい何かが、にゅるり、と触れる感触があった。それはただ冷たいだけではない。ぬるりとした粘液に覆われ、しかし確かな力で掴んでくる、骨ばった小さな指の感触だった。

 悲鳴ともつかぬ絶叫を上げ、彼はその手を振り払い、転がるようにして森を駆け抜けた。何度も地面に叩きつけられ、顔も服も泥にまみれる。木の根が足に絡みつき、蔦が首に巻き付く。森そのものが、彼という獲物を逃がすまいと、牙を剥いていた。

     *

 ……儂が語れるのは、ここまでです。

 相沢君は、その夜のうちに宿を飛び出し、車で村を逃げ出したらしい。宿の女主人と、村の入り口に佇んでいたという古老が、それを証言しております。

 数週間後、大学の研究室に、彼の部屋の家主から連絡がありました。部屋に閉じこもり、誰とも会わず、何かにひどく怯えている、と。儂らが駆けつけた時、彼は骨と皮ばかりに痩せこけていました。

 彼の荷物の中に、泥に汚れたボイスレコーダーがありました。彼はそれを森で落としたはずだった。拾った記憶は、ない、と力なく呟くだけで。

 儂は、何かに憑かれたように、その再生ボタンを押してしまったのです。

 ザー、というノイズがしばらく続いた後、不意に、それは記録されていました。

 雑音に混じる、か細い、子供の声。

「……み……つけた……」



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白いシャツが着られない

他責思考を脱ぎ捨てたい
何でもやろう
覚悟はあるのに

ホップ・ステップ・ジャンプ
どれがかけて
必ずとべなかった

おかしなことにつまづくと
気づいたのはいつからだろう
そうだよ そうね
私は白いシャツが着られない

汚すも汚されるのもこわすぎて
避けて通れるものすべて避けたいから
ぜんぶの水溜まりに律儀にとびこんでいく

0か100かの極端な人生をやめたらいい
何度も言われても難度が高いだけなんだ
0もないし100もないから

やっぱりわたしは白いシャツが
着られない
うまく生きれない証として
今朝目が覚めた瞬間に
おりてきた

だからそうそうなんだ
きづいてしまった
ホップ・ステップ・ジャンプ
どれかがかけてかけていない
とべないわたしがわたしのために
1枚も白いシャツなど要らなくて
持ってもいなくていいことに

やっと目覚めたよ今の今
わたしは白いシャツが着られない
でもいい だからいい
わたしの白いシャツはきっとずっと
ぜったいによごれはしないから

世界一/白いシャツ/は/わたしの
白いシャツ/

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閉所恐怖症のミノタウロス ーー 川柳・俳句・ジュニーク二十五句 --

閉所恐怖症のミノタウロス ―― 川柳・俳句・ジュニーク二十五句 ――


笛地静恵





箱舟の漂着したと大洗



驚き腿の記参照の記



お茶漬けの東海道の旅終わる



ミノタウロス君は閉所恐怖症ですがなにか



テングサの鼻高々の水面を







うそ寒や首無し武者の首すくめ



友だちのかたがたがたがたがた



ダウン・バイ・ザ・三途の川のリバーサイド



社会からつまはじきにされたツメ



鉄鍋の水に焼石猪の鍋







秋うらら黄身さえ白き膜を張り



夢精卵はるけき罌粟の香に充ちて



もみじ散る大好きなページのしおり



高い市中の位置から低い地位



高波の威信を賭ける船出かな







タラップをラップを踏んでトラップを



キンドルや金ドル円のあきんどを



万巻の重いを乗せて



俵万智読む田原町



全栗粉出た片栗粉







アニサキスめが兄さキス



まつ毛にはまぶたの母が



幽体離脱会議中



十二月が攻めてきた



トラツグミが吠えている枝





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WHOLE LOTTA LOVE。

『詩人の素顔』という本を買った。
シルヴィア・プラスのことは
ガスオーヴンに、頭を突っ込んで死んだ詩人
ってことくらいしか、知らなかったけど
読んでみたいと思った。
死に方にも、いろいろあるんだろうけど
もっと、違ったやり方があるんじゃないの?
って、ずっと前から、思ってて。
特別価格100円だった。
上からセロテープで貼り付けた
100円の値札をはがすと、300円の値札が
その300円の値札をはがすと、900円の値札が付いていた。
もともと、1850円(本体価格1796円)だった本が
古本屋さんだと、100円になる。
でも、シルヴィアさん
自分が、100円で売られてたの知ったら
また、ガスオーヴンに
頭、突っ込んじゃうかもしんないね。
ぼくが中学生か、高校生だったころ
横溝正史が流行ってた。
いや、流行ってたってもんじゃなくって
大大大流行って感じ。
もちろん、金田一耕助シリーズね。
まわりの友だちなんか
みんな、ほとんど、読んでたと思う。
大学生のころは、赤川次郎だった。
赤川次郎の小説のひとつに
シュウ酸で自殺した男の話があった。
コーヒーに入れて飲んだと書いてあった。
すっごく、すっぱくて
そのままじゃ、とても飲めないからって。
ぼくのいた研究室にも
シュウ酸があった。
酸といっても
粒状のさらさらした結晶体で
薬さじにとって
ほんのすこし、なめてみた。
めちゃくちゃ、すっぱかった。
何度も、つばといっしょに、ぺっぺ、ぺっぺした。
ショ糖に混ぜて、1:100 とか
1:200 とかの比にして、なめてみたけど
すっぱさは、ほとんど変わらなかった。
どう考えても、赤川次郎の小説は、嘘だと思った。
で、薬局に行って、カプセルを買ってきて
そのなかに、シュウ酸を入れてのむことにした。
(これって、学生時代のことで
 致死量の何倍、計量したか、忘れちゃった。)
わりと大きめのカプセルだったけど
5個ぐらいのんだと思う。
コーヒー牛乳でのんだ。
(紙パック入りのね。あの四角いやつ。)
しばらくすると、胃のあたりが、すっごく痛くなって
ゲボゲボもどした。
忘れ物をとりに戻った先輩が
(もうとっくに帰ったと思ってたんだけど)
ゲボゲボもどしてるぼくを見て
タクシーで、救急病院に運んでくれた。
牛乳で胃洗浄。
鼻から透明の塩化ビニールチューブを入れられて。
診察台のうえで、ゲボゲボ吐きもどしてるぼくを見下ろして
看護婦さんが、「キタナイワネ。」って言ったこと、おぼえてる。
あのときは、ひどいこと言うなあ、って思った。
いじめ問題の解決方法を考えた。
日替わりで、いじめる人を決めて
クラスのみんなで、いじめるんだ。
毎日、いじめられる人が替わることになる。
そしたら、みんな、手加減するだろうし
(そのうち、自分の順番がくるんだもんね。)
それほどひどいことにはなんないと思う。
だって、いじめたい気持ちって
だれだって、ぜったい持ってるんだもんね。
レイモンド・カーヴァーだったかな。
それとも、リチャード・ブローティガンだったかな。
たぶん、カーヴァーだったと思うけど
インタビューか、なんかで
自殺してはいけないよ、って言ってたのは。
世界にまだ美しいものがあるかぎり
って。
ん?
あ、
ブローティガンだったかな。
友だちのタクちゃんちは
ぼくんちと同じくらい複雑な家庭環境だけど
自殺するなんて、考えたこともない、って言ってた。
そのタクちゃんが、このあいだ、引っ越すことになって
ぼくも手伝ってあげた。
引っ越し先のマンションの壁に
「空あります。」って看板が掲げてあって
これ、何だろ、って訊くと
ぼくのこと、バカにしたような顔をして
「空室ありますよ、ってことでしょ。」
って言って、教えてくれた。
ぼくは、ぼくの目のなかで
「空あき」と「あります」のあいだに読点を入れて
「空そら、あります。」って読んでみた。
「空そら、あります。」だったらいいな
って、思った。

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はとか

はとか といったな
どこにでもありそうで
どこにもない名前

うもうに首をつっこむ
夢のなかに おぼれる
お日さまがあたたかい
真っ黄色になって 頭の中が
すべりおちる そのまま
へぶん へぶん

かぎ穴からのぞいていた
はとか といった
どこにでもありそうで
どこにもない名前
今日 お空にたびだつ
ウイルスに まみれたまま
紙ひこうきになる

えり首が とても
ふわふわして はとか
ほうき星に ひっかかる
この世の半分も見えない
あばら骨 のどの骨
おへその穴から かぜのみち
もぞもぞしながら 世界が
はとかに吹いている すこし濁った
てんごくのセロファンみたい
はとか はとか へぶん はんぶん
国境は 黄色い 大河になります
およいでいる ピラニア あたたかなあぶら
かみついている はとか あぶらまみれ
血が出ている まっしろな血が へぶん
羽毛がふわふわと 超えていく へぶんへ
うらがえって はとか 透明になる
はねをまわして はとか うらがえる
嬉しそうに どこかで ちりぢりに
どこにでも どこかしらに
泣き叫ぶ ぼくは
泣き叫ぶ

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舗装路


汽水域でしかいきられない乱反射は
椅子に座っても安らぎにはほど遠く
手から手と瓶のなか追いかけていた

 わたしの、わたし達の心は縛られることはない
 そんな風に真っ向から歌う事を忘れてしまった

瓶詰めの化石達に等しく月光を与え
欠落したものを忘れない為の仕草が
椅子に腰掛けながら遊歩する、夕べ

足跡を残さない誰かが通りぬけていく
椅子の背らは益々まるく、瓶は満たされ
幼い月たちさへ満ちていくのであった

 カーテンを手繰り寄せながら落ちてゆく
  みぎもひだりもうえもしたもなく
 今、ここでしか生きられないものたちが
  瓶の内と外、背を寄せあうだろう

汽水域から来た乱反射は
  椅子に腰掛けひととき
永遠の微睡みを得ていた

 どこにでもいて。どこにもいない。
  地球はほんとうに廻っているんだ、と
   投げられた瓶が汽水域をぬけてみちていく。

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おじさんを見るために街にでる

本を捨て おじさんを見るために
街にでる
ハラハラハラなんにでもハラスメントが
ついてしまい
区別も差別もまったくもって
ついていけない難しい

わたしのマルでも
あなたのバツで
誰かのサンカク
だったりして
グレーも黒も赤も
白もぐちゃぐちゃで
衝かれて憑かれて疲れてしまうから

一旦脇において
大好きな文庫もすらてばなして
街にでる
おじさんを見るために

ワタクシ女性が口にするから許されることってありますよね、逆だったらカナリ気持ち悪いでしょう、だからハラハラハラ、ハラスメント。性別で得をすることもある。けれども、それ自体、差別なんですよね、でもさ、でもさ、私が私である以上は、そこはどうしようもないじゃない?それに言論の自由ってやつは、何処まで認められるの?

おじさんは良いのです
おじさんであるから良いのです
ひとり残らずおじさんは
おじさんらしくおじさんでいてくれるので
わたしはおじさんをただ見るために
街へゆこう

おじさんはおじさんだと胸もはらずに
おじさんはおじさんのまま歩いてください
気持ち悪いと言わないで
誰にも迷惑かけてないはずのおばさんが
ただただ街にでる それだけの話なんです

こんなひとって沢山いるとおもう
わざわざ書かないだけだとおもう
書いてしまうとやっぱり気持ち悪いけれど
おじさんが ただ好きなだけ

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プリモーディアル・スープ

 警報が鳴り響いていた、まるで目覚まし時計のような警報は私を不安にする、どこかで火事があったのかもしれない、窓から町を見下ろすと人々は一方向へ歩いていた、どろどろと溶けそうな足取りで、まるで逃げていくように、服はやぶれかぶれで、焦げている、悲しい曇った昼下がりの――煙がこちらへ近づいてくるのがベランダから見える、あなたはのんびり部屋でコーヒーを淹れていた、ベーコンの焼ける匂いがはじまっていく、まるで朝の家を出る前の喧騒を覆い隠そうとするような平穏、これから始まっていく一日の呪いを前もって祓おうとするような愛と金縛りの祈りに私は手を合わせる――再び町を見下ろす、人々は逃げ終わっていた、きっとみんな無事だった、安心し、私はベッドに腰をかける、大きな音に振り向くとあなたは床におちて割れてしまったお皿を眺めていた、焦げかかったトーストにホコリがついている、目玉焼きもダメになっている、ベーコンも、私は自分の部屋に産卵した目玉焼きの半熟の黄身を眺めていた、彼はこちらを見た――コーヒーは? 彼は尋ねた、私は首を振った、彼は他に何か私に言おうとしているようだったが喉が詰まったみたいに苦しそうな顔で何も言えなくて――大丈夫? と聞くと口からたくさんの卵の黄身が溢れだしてきた、鶏より少しだけちいさく、うずらより大きい卵の黄身がボロボロと溢れでてくる、薄い膜に包まれた黄身は卵の色をした涙のようでいたたまれなかった、彼は息ができないでだんだん肌が赤くなっていく、目は充血していた、私は床にこぼれ落ちた黄身の一つ一つを拾おうとしていたが、触ると次から次へと割れて、どろっと中が床に広がる、大きな音がした、顔を上げると彼はいなかった、つま先が濡れているのに気がついて床を見ると一面が黄身に浸されていた、私は膝まで君に浸っている、のりたまの匂いがする、思い出そうとする、彼が張り裂ける前に立てた大きな音を、彼はもういなかった――そのまま私の部屋はだんだんと黄身のとろとろした黄色に沈んでいく、この世界もおそらく、その粘性の高い液体は肌と世界の橋渡しをする――私と世界の間には違いがなくなっていた、その時私は彼がどこへ消えたのかを理解した、寝る前に私は風呂場の洗面器に湯を張った、その上にスーパーボールを浮かべて、たくさん浮かべた、5つも6つも浮かべて、それから勢いよくかき混ぜて渦を作った、洗面器を湯船に浮かべると揺れている洗面器の中で、水の渦は安定して見えた――スーパーボールは液体よりも少しだけ遅く回っているよう私には見えた――私たちはその中の一つに住んでいる、このスーパーボール――湯船に私は洗面器をひっくり返した、程なく青のスーパーボールが勢いよく浮かんで私の体の前でゆらゆらした――

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詩人・失格

いちばん
すべて
ぜんぶ
みたいな
ような
ぎじんか
とうちほう
くりかえし

わかりやすすぎる
きんじてばかりの
しをかいて

うなづくしかないだろう

ちしきもぎじゅつもさいのうも
ないからもっているのは
ペンだけだもの

もうおてあげ
だけどかかずにはいられない
だからすみっこにいるから

しゅぎしゅちょうは
なるべくひかえ
しのかきかたなどは
はっしたりはしませんから

いちばん
すべて
ぜんぶ
みたいな
ような
きじんか
とうちほう
くりかえし

きんじてまるごとつかわせて
失格と判子くらいならば
いくらだってもらうから

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エル・コロソ

 その巨大生物はいつしか「田伏正雄」と呼ばれていた。
陸海空の兵器をものともせずに街を蹂躙する巨大な生物。
身長100mの小汚い全裸中年男性といった風情のその生物は、CWSなる文芸投稿サイトのマスコットキャラクターに確かに似ていた。
われわれ特高は手がかりを得るべく、CWS関係者に石抱きや鞭打ちといったあらゆる拷問を加えて証言を取った。


◇詩人Aの証言

特高:田伏正雄とはなにか。

詩人A:それがわからないんです。わかっている人いたのかな。ひょっとして運営もよくわかってなかったんじゃないかな。

特高:(石を増やしながら)サイトのマスコットが登録者にわからないことなどありえるのか。

詩人A:あったんだからしょうがないじゃないですか。でも、運営もそのわけがわからない田伏正雄を推すし、場の雰囲気に呑まれていたところはありますよ、正直。詩人の私たちもわからないんだから、あのラノベとかいうものを投稿してるWeb作家の連中なんかもっと面食らってたんじゃないかな。

◇作家Bの証言

特高:田伏正雄文学とはなにか。

作家B:踏み絵。

特高:(電流を強めながら)曖昧な表現をするな。

作家B:ツッ……ある種の内輪ノリ、あえて詩的でも美的でもない小汚い全裸中年男性をマスコットにし、それに関連する作品を投稿させることで、これを許容できるコアなメンバーとそれ以外を選別する目的があった。そう俺は見ている。そうでないなら、よくわからない。

特高:なぜ選別の必要があった。

作家B:CWSは特異な投稿サイトだ。文芸サイトと銘打ちながら、実質は詩の投稿サイトとして始まった。ところが運営は出版事業まで踏み込みたいのでサイトの拡大をしたい。そこに俺のような逸れ者の作家が目をつけた。手垢のついてないサイトのほうが良い空気が吸えるからな。俺は何人かの作家に声をかけて一緒に参加した。

特高:続けろ。

作家B:ある作家が主導するコンテストをきっかけにCWSには大量にWeb作家が流入した。サイトは狙い通り拡大した。だが、Web作家たちの多くはサイトの毛色にあわないラノベを投稿しつづけた。詩人はラノベがわからないし、Web作家は詩がわからない。塞外から呼び寄せた北方異民族が中華の作法に合わせないまま居座る、そんな状況になった。まあ、拡大と引き換えの混乱とも言えるがね。

特高:それで踏み絵が必要になった。

作家B:運営がCWSへの一種の忠誠の証を求めた、そう踏んでいるね、踏み絵だけに。

特高:(無言で電流を上げる)

作家B:イツツツッ、まあもう今となっては過ぎた話さ。俺を痛めつけても田伏正雄が巨大な姿で実体化した理由はわからんし、もう何もかも終わるんだろ、どうせ。


 山々のごときビルの陰から田伏正雄がその巨体をあらわした。
その姿はフランシスコ・デ・ゴヤの「巨人」という絵画を思わせた。
私ははじめて田伏正雄に詩と美を感じたことに驚いた。
某国の発射した複数のICBMが空を切り裂いてやってきた。

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翡翠の瞳のラベーリア 【短編Ⅰ:山間の町・マウテへ】 Ⅴ:診療開始 (仮)


 懺悔室前の廊下には、患者の待合のための椅子が列で整えられており、更に部屋の中に入ると、中の調度品や家具の配置が、昨日のそれよりも更に整えられ、診察や面談に可能な限り配慮したものへと変わっていた。

「さてと」

 ラベーリアは、自分が座る場所へと素早く移動すると、持ってきた鞄を椅子の足元へと置き、中から調剤した薬を収めた箱と用具箱、“カルテ”代わりの冊子と筆記用具を取り出して、机上に並べていく。
 更に、用具箱の中から香を焚くための道具と丸薬を取り出すと、所定の位置にそれを配置したうえで。

「『Ffllit baubo』」

 法術の「火を呼ぶ言葉」を用いて、用具内の薬皿に置いた数粒の丸薬に火をつけた。すると、すぐに一筋の煙がすうっと立ち昇り始め、部屋の中の空気の流れに乗っていく。そうして、その煙は部屋中に拡散されていった。
 彼女はそれを見て、頷く。

(空気清浄も、これで良し)

 その後に椅子に腰かけ、一つ息をついた。
 現場での用意としては、それで終わりだった。あとはマルセロ神父達が、町長や、町の住民たちへの案内を終えて戻ってくるのを待つだけである。

 すると。扉がノックされ。

「お早う御座います、ラベーリアさん。ミシェラです」

 修道女のミシェラが訪問してきた。

「入って大丈夫ですよー」

 すぐに許可を出し、入ってもらう。彼女は、お茶のカップとティーポットを載せたトレーと共に入室して、ラベーリアにお茶を提供した。

「有難う御座います。そう言えば、マルセロ神父は……」
「そうですねぇ……。お祈りの時間の直前に出られましたから、町長への報告も含めると、戻られるまでは、もう少し掛かるでしょうか。一応、診察開始の時間はお昼前くらいになるかと思います」
「分かりました。その間は、このお茶を楽しませてもらいます」
「ええ。今朝は水の質も良くて良い感じに淹れられたので、いつも以上に美味しく出来ているかと」
「それは楽しみですね。では、有難く……」
「カップは、折を見て回収しますので、飲み終わったら横の卓上にでも置いといてください。それでは私はこれで。神父様が戻られたら、また来ますね」

 そう言うと、ミシェラは部屋から退出。再び一人になった。遠くで聞こえる生活音や祈りの声を聞きつつ、静かな時を過ごしていく。
 結局、マルセロ神父が戻ってきたのは、それから二十分ぐらい後だった。

 その後、診察時の最終的な打ち合せや、患者達の誘導の仕方、町長からの伝言など、必要な事項について話し合いを行っていると、あっと言う間に診察開始予定の時間がやってきた。
 とは言え、何か特別なことがあるわけでもなく。最初の動線への誘導さえ終われば、あとは普通に診察が始まり、何も慌てるようなことは起こらない。

 一人目、酪農作業に従事する三十代半ばの男性。症状は関節痛と筋肉痛。診察の結果、直接的な負傷による痛みではなく肉体疲労の蓄積に由来する炎症であったため、法術の修復術が効かなかったようだ。問診の末、根の深い疲労の回復に役立つ薬と、疲労の蓄積を予防する薬を処方。
 二人目、同じく酪農作業に従事する二十代半ばの男性。症状は虚弱体質。診察の結果、労働環境の変化で慣れない作業が続いたことによる肉体への過負荷が原因だと判明。問診の末、慢性疲労の回復に役立つ薬と、本人の希望により精力剤を処方。
 三人目、役場に勤める二十代前半の女性。症状は目のかすみと、たまにぶり返す頭痛。診察と問診の結果、食事内容の偏りによる体質の改善が必要と判明。栄養補給のための薬と、応急処置に使える鎮痛効果のある薬を処方。
 等々、多様な患者が訪れ、そして──。

「次の方、どうぞー」
「失礼しますよ。って、おやまあ、旅人さん?」
「ああ、貴方は確か、朝の礼拝の時の……」
「来て下さった薬師さんってのは、旅人さんだったんですな。よっこいしょっと、あいたた……」

 次に部屋に入ってきたのは、朝の礼拝の時に出会った老人だった。彼は、痛みを庇うようなぎこちない動きで椅子に腰かけると、ラベーリアに向き直った。

「お名前を伺っても?」
「私はザルガと言います。どうぞ宜しく」
「宜しくお願いします。それで、その腰の痛みは、先週からでしたね?」
「うむ……。前に同じようになった時は何とかなったんだけど、今回はどうにも上手く行かなくてねぇ……」
「その時は、どのように?」
「いたた……、家に伝わってる手作りの塗り薬を使って、ええ。それを塗って後は放っておけば治ったんですがね」
「ふむふむ。その塗り薬とは?」
「そこの鞄に入れてきたんですが、ね……。青い線の入った陶器の入れ物なんですが、あいたた……!」
「ああ、私が取りますから! 無理をなさらず!」

 そう言って急ぎ立ち上がったラベーリアは、老人ザルガの持ち込んだ小さな鞄から、軟膏の入った陶器の入れ物を取り出す。

「これですね?」
「ええ、それです。中に塗り薬が入っておりますでな」
「なるほど」

 確認が取れたので、ラベーリアは再び自分の席に戻る。
 そして陶器の蓋を開けると、中には、乳白色に緑色やオレンジ色が混ざった、複数の薬草の匂いを漂わせるクリーム状の軟膏薬が入っているのが分かる。

「この匂いは、痛み止めに使われる薬草のものですね。あとは、かぶれを防ぐ効能を持つ薬草の匂いもします。確かに、これならば効果がありそうです」
「なぜ、突然に効かなくなったのか……。薬師さんなら、分かるかもと……」
「うーん……」

 ザルガの問いかけに、ラベーリアは薬の観察を始める。

(見た目だけなら特に問題は無さそうに見える。薬液の表面も滑らかだし、色見にも異常らしい異常は見当たらない。だけど、あの鎮痛効果のある薬草を混ぜている割には、あの独特な、鼻を突くような匂いが弱いな……)

 彼女は、薬を隈なく観察し、自分の薬学の知識から分かる様々な要素についての考察を行っていく。

(とすると、この場合で考えられるのは……)

 そして、一つの可能性に行きついて、観察をやめた。

「ザルガさん。この薬は手作りと仰ってましたが、作ってからどのくらい経ったか、覚えていますか?」
「作ってから?」

 考え込むザルガ。しかし、すぐに首を横に振った。

「はて? どのくらい経ったやら……」
「分からない、という事ですか?」
「すみませんな。考えたこともなかったもので……」
「なるほど」
「もしかして、そこに何か関係が!?」
「ええ。それで幾つか確認したいことがあるので、これから行う三つの質問に、分かる限りで答えてもらえますか?」
「は、はあ、分かりました」
「まず一つ目。前は何とかなったと仰いましたが、薬はどのくらいの間隔で使ってましたか?」
「えーっと……。二周日に一回くらい、ですな。ここ最近は一周日に一、二回くらいになってましたが」
「分かりました。では二つ目。薬の効き目は、使うたびに悪くなっていましたか?」
「えっ!? あ、思い返してみれば確かに……!」
「有難う御座います。では最後です。この薬の匂いは、作りたてもこのような匂いなんですか?」
「……うーん、どうだろうねぇ。初めよりは薄くなったようなそうでもないような?」
「有難う御座います。質問は以上です。原因も分かりました。劣化です」
「劣化?」
「ええ。薬は、時間が経つことにより、混ぜあわせた薬の有効な成分が劣化、つまり効能が弱くなったり、効能が無くなったりすることがあるんです。使う回数が増えたのも、そこに関係があるように思います」
「じゃ、じゃあ、その薬はもう?」
「はい。使うにも、新しく作り直した方がいいと思います。場合によっては害になることもありますから……」
「そう、ですか」
「なので、今から私が処方する薬を使って症状を治めつつ、この塗り薬を作り直すことを強く、強ーくお勧めしておきます」
「……分かりました。そうします」
「では、今日は三回分の薬をお渡しします。効能自体はこの塗り薬と似たようなものですが、布に塗って痛いところに貼ることによって、強い効果を長く発揮させることが出来ます。ですので、その薬が効いている内に、この塗り薬を新調してください」

 そう言いながらラベーリアは、軟膏薬の入った陶器の入れ物をザルガの鞄の中に返却し、ついでに、自分が調剤した塗り薬とその使い方を書いた紙切れを彼に持たせた。

「今回の診察は以上になりますが、何か質問はありますか?」
「いや、大丈夫だよ」
「分かりました。では、お大事になさってくださいね」
「有難うねぇ。また宜しく」

 そう言うとザルガは、やはりぎこちなく部屋から退出していった。

 そこからも複数人の診察が行われ、この日は、最終的に十人の診療が行われたのだった。

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ママチャリ

アスファルトに(雨が
読点を打つように(降ってきましたよ
温室効果ガスを吐かない
儚い 墓ない くりーんな乗り物ママチャリ
出るのはため息とあくび
出さないのは噯
いつもかしげている小首
に跨り
描くタイヤ痕に込める誇り
が夜を導く
たましいはサドルに宿る
踏み込むペダルがせがむ
バブルガムの如くふくらます
掴むハンドルのいます
威風堂々たるちりんちりんは
流暢に音を奏でてザイオンを目指す
すると、
街灯に照らされた(雨が
鋭くとがり輝いて
わあ、私(ママチャリ

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逗留

こうもりが とんでた。
赤い雲は  その色で
早く帰れと 言うのに
只管に わたしの足を
掴んで 影と残照の間
押しとどめ 見上げる
その目に 映っている
こうもりは 音はなく
黒に溶け込む その躰。

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正十五面体ピラミッド掃除夫が語ること ーー 川柳・俳句・ジュニーク十五句 ーー

正十五面体ピラミッド掃除夫が語ること ―― 川柳・俳句・ジュニーク十五句 ――


笛地静恵





断捨離の自分をどこへ置いたやら



歩いて足が棒になった犬にあたった



転んでもただでは起きぬマヨネーズ







黒ヤギさんが黒ミサを白ヤギさんが絶縁状



みんなちがってみんないい万華鏡



プトレマイオスプラスマイナスを語らず







星の数より少ない星雲



アセチレンランプの夜店に魔人



奥様は魔女になったのです








ノンアルをウマいといって泥酔し



しめのラーメン屋へ二十三夜



宴も高輪プリンスホテルでございますが







一覧性のソーセージ



怪談へ下りる階段



おさむらいさんおとむらい






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 8

グラファイト

青銅の呼びかけた
半波長は欠けている 淵に生きるようにして
旅を勝手に重ねている 君らと踊っている
こたえてみるのであればそれは
光の中でありたい
そういうところには、つまりある一読では
シもそこにあるのだという
 搬送波のスペクトラムがずれるということは
 意図の混濁や再帰性の色どりの沈降に呼びかけられたということ、軽い要因の一つ一つが水たまりに似ていることや、野生の野生動物学者の、つまりあるがままに作為的なファーブルやアリストテレスの、よく考え抜かれた、端正な、中性的語り、そもそも語り得ないことに応えるという正当性が、ある地政学によって地球をはっきりとさせる
月を大きく、海を小さく、そういう写真が出回るということに合わせて気づかれた「私たち」といった、小さなグラフ
北極が陸のないところだと知った瞬間とザビエルの画を見たときを重ねることで、むず痒さが頭頂部に起きる。南極には大きな塔が建てられる日が来るだろう。それは「私たち」が忘れられてからだろう。不潔さによるものであることに違いはないが、全てが不潔である。守られないものは全て、不潔である。
つまり、ある機械仕掛けの澱なのだ
真白な遺跡群や
あの青銅の呼びかけや
墨の色彩
細やかな肌質についても、
機械仕掛けが駆動し始めるそれ以前の不潔さによる澱であって、それ自身として距離のない霊性に見える。
右肩から立ち上る白煙は、
細胞に対する帰納であり、
君らに対する箇条書きであり、
樽の縁から覗き込んだいくつもの目玉
むこうに見える快晴と、無表情の春や秋分
あるいはこれらの壁面の
塗りたくられた雲
たしかな距離になる

水分子についてなぜ頽れが小さいのか、なぜ中途半端な相互作用に甘んじているのか、そういった半出征主義を午睡のままに見つめている。
これによって身体の七割を構成している系譜は、
轢かれているところを時々見せる
子猫のシ体を、店先だから軒先だからと拾う人がいる
そのままに轢かれる
これもまた呼びかけていることになるだろう
瀝青のことからいくつか抜き出すと
そもそもアスファルトだったはずなのに脳髄の群れによって轢き潰されて、これがたった一つであったと誤認している。これも誤認したことの一つであっていくつかにもなりうる。
だんだんと水分子も一直線に回転し始めて
透明度に垂線を引いている
常にたった一つの垂線であり、分布していて
生き残ってしまった対称性が喘息を患っている
これらは無限の光源であるようで
光はまだ生きている
その透明度に激高や日光を蓄えていて
君らは緑だと思っていただろう鮮烈な土色、若い泥の色を支えている

彼らはだんだんと結晶になっていく
つまり多くの目によって解けていく
柔らかくなりうる渓泉と硬さとして結びつく砂岩
ふらっと現れる呼吸は何らかの壁から染み出してきた呼吸だから
二十万年前の爆発前というか
それらを小さな魚雷にのせて
一直線に委ねている

ある数を求めている
位置であったりする、平面波平易なところにおいて一つの数である、時間であったりする、未来と同じ過去は対称性を小さく確かに破る、温度だったりする。厳密にはその分布と空間は等価になるはずである。
では何かであり得るというのは
森が私の故郷であり得るとか
海が君らの墓場であり得るとか
日の光で死んでしまうという非現実的ともいえるナイーブが本当の疾病であり得るとか
遠いむこうと合わさった彼がここで生きてい得るとか
そういうの、
そこに誰かの鉄血であるとか、大木であるとか
そういうのが、
生き残り得るとか、つまり彼は孤独たり得るのか
これを求めたとき、数は
物質になっていく

双子が受け容れられるためには、雨や雹の動物性ではなくても、つまり二人でなくとも記せてしまう、表面の半分に触れ終えて傘に垂らしたから、唱えられていたいくらかを時間に向けて切り分ける、完全な壁となって返ってくる。
清掃する。
結わえ方すら知らないことによって二つのヒモが離れていくのをやんわりともすることはできず、いくつかの透過性から一つを選ぶことでしか繋がることのできないいくらかの骨格は、その明らかな双数をつき放すという憧れで表し切っている
トロイメライで外れてしまった羽を埋めるために借りる
嫌いになってようやく、一つの機体として眺めようがでてきたのは、血清の中に他人が手を入れて、読み飛ばされていたパルスを見つけて、ここに流れている無限の屈折も見つけられるからだ。

左右を見て、心臓を止めて
激痛を夢に収めて、テラテラと反射する。
さらに一つ、奥へ進んでみれば、
その広大な地平線のような、蜂の巣のような、
動植物の混ざりあう系統で
夜は失くなっている

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 3

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よう、と

黴と青銅の相似形
小さく息を吐いて、横隔膜で呼吸していることを知って
二重螺旋に巻き込まれていくようにして息を吐く
肋骨にこそ骨髄があり、脊椎はその付属物
喉の奥にこそ赤が輝いていて、歯ぎしりに滲んでいる

夜明け前にばら撒かれた炭が
水面や天球に貼り付いて、その外へ向かって不純を溜める
泡立つように表面で反応して、その外へ向かって沈んでいく
 渡来人たちも同じ色素で綴っている
帰り路から蜃気楼が呼びかけていることも同じで
 渡航者になった車内で眠る
 機内にいるようにしていれば声を防いでいて
 不安定な気体分子を置き去りにして
 熱のこもった応答速度から
 ハルシネーションをシミュレートする

インキをいくつか受け取っている
生臭い青と、引力だった黒と、透いていること
小さな距離を無限回繰り返すことと、その
継ぎ足されようとする池沼
そこで息を吸い、吐く

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 4

 4

きみはいま
ぼくの指先から滴る
熱い球を飲み込めるだろうか

笑う男の前で
失敗を繰り返したビデオテープの繭
三千の夜を越えて
残るのは僅かな涙だけ

海の音も停止する
閉鎖病棟の廊下を真っ青なカーペットは流れていき
96番の囚人は柱に縛られている
彼にも子どもの時代があっただろうに

隣でシャボン玉が弾けている
だから深く眠ろう
嘘や言い訳はもうたくさんだから
おやすみ
いい夢を

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あなたの歌は永遠です。人生の友達です。あなたの歌は私の人生の最も辛い時期を支えてくれました。今もあなたの歌を聴いています。あなたの歌は永遠に聞き継がれます。あなたの歌を聴いて、涙を零す人も、心に火をつけられる人もいます。私はあなたの歌を聴いて何度励まされたことでしょう。何度慰められたことでしょう。あなたの歌はとても素晴らしいです。私はあなたの歌しか聴きません。私は耳が聞こえません。ですから、あなたの歌を完璧な形で聞き取ることができません。それでもあなたの歌を聴いています。少しでも聞き取れるように、何度も何度も再生して、聞こえないところがあれば、そこを何度も何度も再生して、それでもあなたの歌の中には一言も聴こえなかった歌もあります。しかし、完璧に聴こえなくても、あなたの歌を聴く度に、涙が零れるのです。勝手に零れるのです。私はあなたの歌の力を知っています。私はあなたの歌を永遠に憶えます。私はあなたの歳を追い越してしまいました。あなたは若くして亡くなり、私は歳を重ねています。あなたが亡くなったその年齢に私が達したとき、私は狂ってしまいました。そのとき私は思い知らされました。生きることがこんなに大変だとは知りませんでした。あなたの亡くなった年齢に達した夜、私は指が震えました。指の震えが止まりませんでした。幻聴が聞こえ始めました。妄想が始まりました。殺されるかもしれない恐怖心を抱きました。皆が私の噂をしていると思いました。テレビの中の人たちが私を馬鹿にしまくっていると思いました。監視カメラがこの部屋のどこかに仕込まれていて、私はあらゆるものを分解し、探しまくっていました。裸でいることに怯えました。でも私はいつからか覚悟を決めました。殺せるものなら殺してみろとぐっすり眠るようになりました。病院には全く行きませんでした。なぜならすべての妄想が本当のことだと思っていたし、同時に本当だとして何年経っても私が死んだりしなければ相手は大したことないであるから、とりあえずはじっと何年も耐えてみようと思ったのです。事実、何も起きませんでした。すべて私の中で暴れていただけでした。結局は自己完結ですが、自己解決したのです。私の中は地獄そのものでしたが、決して誰にも言わなかったです。それは立派なものでもなくて、単なる合理的な判断です。私は家庭を支える大黒柱です。妻や娘に余計な心配をかけたくないのです。事実そうして、生きてきたし、耐え抜くことができました。妄想はいつの間にか消えました。ただし、私は凶暴な人間で、不義理を働いたものに対しては容赦なく冷酷な仕打ちができます。礼儀正しいものに対してはこの上なく低い腰で対応します。辛い時期を支えてくれたのは、あなたの歌でした。あなたの歌こそが私の座標軸です。あなたの歌は変わりません。永遠です。変わり続けるのは私であり、だからこそあなたの歌が座標軸となり、変わり続ける私を確認することができます。私はあなたの歌が大好きです。あなたの歌は私の永遠です。本当にありがとうございます。歌ってくれてありがとうございます。

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りょうしまちうまれのまじょのこ。

最近書き始めた小説のタイトルだけを
告げておく
恋の始まりみたいにドキドキできる
原稿用紙の一文字目
わたしだけの特権

髪を切りました
新しい仕事で俯く姿勢が多くって
あまりにも鬱陶しいので
だから創作も捗りそうです

「ねぇ、知ってる?
海の匂いって
離れて暮らせば暮らすほど
はっきりと嗅ぎ取れるようになるの」
出戻りしてきた主人公が喋り出す

イキイキとびはねる文字
会話だけが連なる物語
書き終わるかな
始まったら駆け出して
転んで立ち上がり終わるべきなんだろう

書き始めた小説のタイトルだけ
それだけでも忘れないでって
変な事言ってみる

「あれ、どうなった?」
ぜったい。聞かないでいいから
告げただけのわたしを
覚えていてね

今日は、トイレを、
だいたい
38個磨きました
フィルターとか便器の裏の裏まで
せっかく切った髪の毛も
意味のないほど 汗がしたたり
「上着脱いで!具合わるくなるよ!」
!マーク付きで言われました

今日は一度もペンを持たず
ぐっすりグーガー眠れそうです
原稿用紙はまだ2枚半しか埋まってないよ

りょうしまちうまれのまじょのこ。

タイトルだけ、何回も言っておきます

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せめんと

はだにしみつくようなはるのことでした
みずいろのへいしたちが
まどのそとをとおりすぎて

せめんとにくちづけする
 せめんとにくちづけする
  せめんとにくちづけする
   せめんとにくちづけする

そして
わすれものをおもいだしてきえてゆくのだ
けしてとりかえすことのできないものを

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 4

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バタフライ

バタフライをしながら
正気を保つのはむずかしい
いつの間にか
三本の角が首から生えている

(押し寄せる蒼い泡 ブクブク)

万物の根源へ向けて
触角をのばす
先端に触れたものを鷲掴み
幻の臓器をえぐり取る その
エモーショナルな運動は
もはや 地球への暴力である

(メエルシュトレエムが渦を巻いている)

火口の中心に向かって
叩きつけている瀑布の音は
もはや

(それは 万物を吸い込む七色の渦)

太陽の墜落
月光の没落
メエルシュトレエムの影を見ている
エイハブ船長の年老いた耳に
全人類の泣き声が聞こえている

女王様を怒らせている赤子の啼き声も聴こえる

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 8

女狐

女狐が消えた
あれ以来姿を見せぬ
もう二度と来ないだろうか
我が身老い果て
明日未明罷るとき
ふと震えて
あの女狐が枕頭に
立ちはしないか
色々言われて
名誉なんて散々で
残るもの
何一つないわたし
間もなく御陀仏
女狐コォンコ

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 2

 2

むなしさ

何をしても むなしさが顔を出し
おまえは何をしているのだと
私に問いかけた
冷たく 悲しく 問いかけた

何をしても むなしさが顔を出し
ああ ほんとに私は何をしているんだろう
私は溜め息交じりに呟いた
痛々しく 苦しく 呟いた

何をしても むなしさが顔を出す
私はそれから遁れるために
あの日 初めて詩を書いた

何をしても むなしさが顔を出す
それは 今も変わらないが
私はもう むなしさに惑わされはしない



(2025.10.22)

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 8

うつくしいひ

ものを 言わない ことでうまれる
言葉を 言語と よんでいる


音をねかせた 高い空
静寂は 鳴りやまない


煙の匂ふ冬であれ
煙の匂ふ冬であれ


ものを 言わない ことでうまれる
言葉を 言語と よんでいる


音を たてない ことでうまれる
無音を みせる いま

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 5

 1

朝をとじこめる

目をつぶり、握っている
握っていると安心する
こころはまもられて
面に膜が張って、そのうえに置かれている
遠くに炭が燃えていて
じっじっ、と空気をふるわせている
目を閉じると、蚕にもなれます
鳥にもなれます
鳥は明け方、もう起きていて
追いかけっこをしています
隣にいないひとがいて、安心
煙がはしごをのぼっていく
道行く人を上から眺める
あなたたちは、虫になれる
マネキンが手を広げている
飲み終わったジュースがたくさん
肌を撫でて登ります
電線を綱渡りするねこ
ねこねこねこからすねこ
ダストシュートで放り出される鳩
はとはとはとドブいろ
すぽんと丸まります
握っていると、金属のやさしさ
奥歯の痛みもわすれてしまう
自販機で古代エビを買う
湯をかけて三分まつ
はつらつとした新代エビになる
冷蔵庫のブーンという音に
鼓動が眠っており
目なしであやとりをする
迫る、ウォーター、迫る
 感センサーで、照らされるパイロン
卓上の石に
額を預ける
曲がったビル
手をかけて登る
手には古代インクがあります
溝に沿って並ぶので

とまではいかないものの
室外機に回される犬
がサモエドだった場合。
石を数珠繋ぎにしてマントを編んだとき
ガソリンスタンドでは
円周率が洗車されていた
かすかに苺の気配があり
それは予備校に漸近していく
粒になって吐き出された
すべて煙で説明できてしまったら
太極拳体操が湯気をつめたく持ち帰り
南極にとじこめた
ここからさらにとじこめていく所存
だからPARTYとはおそれいった
鳥の形と相似形をなし
二階にハンバーガーが運ばれ
名前をつけていくことだけが
抵抗だとすれば
朱鷺色平茸として
ドーナツにもドードーが宿るはずで
新たに発見されるいくつもの
反射鏡、装いあらたに
葉で隠すとよい
すべての災厄から守ってくれるタイマー
もう切るよ
交換しよう

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無題

かもめ〜るを食べ尽くしたきみにあげたかった絵葉書には、海老と魚と貝が、確信を持った筆致で描かれていて、すごい、こちらはいまだに何の確信も持たないまま、奨学金を返しつつ、きみの無垢なる小学生時代を執拗に書き続けてもう二十年になるという、化け物か、俺。

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 5

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しゅーくりーむのかわ

じゅうさんさい
はじめてのかれしがつくって
くれた しゅーくりーむを
突然 おもいだした

そーゆーtitleのうたが
そのとうじに はやっていて
そのうたもいっしょに
よみがえってきた

わたしって ほんと こまる
しゅーくりーむもたべたくなるし
すぐに 突然を ききたくなるし
あのひとを おもいだして
ゆるゆるするほほを かくしきれないや

しゅーくりーむのかわ
やけるのが ふしきだったな
あまいかすたーどを
おかあさんとつくったのかと
ちょっとだけのどのあたりが
むかむかした

「あ、ぜったいにおいしいよ。
かーくん、このまえ、試作を
みんなにくばってたから、
もらったんだよ」
そんなこというミハルがにくかった

しゅーくりーむのかわのあつみが
てづくりだって おしえてくれたし
かすたーどはあまいのかなんなのか
わからないくらいドロっと
きいろで ゆびをよごした

あれは ぜんぶが はじめてで
なにもかも かれがおしえてくれたようで
ぜんぜん そうでもなかったとおもう

あきのかぜ ふくまえに やってきた
さむさにおどろき ふるえる あめのひ
水曜日 なんで思い出したか
わかりませんが

しゅーくりーむ わたしのどのかわも
あつくなりすぎたかな
とおきひび
けどかわらないや

まず たべたい しゅーくりーむ
あしたはぜったいコンビニにいこう
かすたーどだけじゃなく
くりーむもはいってるやつがいい 
かわはかたくないやつ、ふわふわの

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カレーライスの分解


深夜、ふと思い出し
夢の中でカレーライスの
分解を始める
専門の工具を使って
肉は脂身と赤身に分け
さらに赤身は一本一本
繊維のネジをはずしていく

ご飯の一粒は小さいくせに
さらに細かい部品でできている
一番やっかいなのはルーで
パーツごとの結合が強く
力加減に注意して
壊さないようにばらしていく

君が作ってくれたカレーを
思い出しながら
慎重に作業を進める
美味しいカレーなのに
どんなに綺麗に分解しても
その味には敵わない
この夢の中ではもう君が
いないことになっているから

やがて目が覚めて
新しいおはようを言う時まで
カレーライスを分解し続ける
本当はこれは夢ではないと
薄っすら気づき始めているけれど
終わらない夢の中で
ひたすら分解し続けている


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プリンター。

 Yellowであり、赤紫であり、シアンであり、つまりは白である。
 蠢く究極色の空間がそこにあった。在ったのだ。





 ここは?

──知る必要はなく、記す必要もなく、識ることはない。ただ私の質問に答えよ。

 はい、なんなりと。

──お前は何処から来たのだ? 全てを、そう全てを、思い出させてやろう。さぁ、語るがよい、記すがよい。

 わかりました。
 これが我らです。

──お前は頭頂部に毛があり、二足歩行の、雄と雌がある、恒温なのだな?

 はい。

──だがお前はここから来たのではないだろう。二度と言わぬ。諄々と滔々と陰々と述せよ。

 はい。
 これが1つ前の我らです。

──お前は全身に毛があり、二足歩行の、雄と雌がある、恒温なのだな?

 はい。Gugのような。
 これが2つ前の我らです。

──お前は全身に毛があり、四足歩行の、雄と雌がある、恒温なのだな?

 はい。Hounds of Tindalosのような。
 これが3つ前の我らです。

──お前は全身に鱗があり、四足歩行の、雄と雌がある、変温なのだな?

 はい。Mnomquahのような。
 これが4つ前の我らです。

──お前は全身に滑りがあり、四足歩行の、雄と雌がある、変温なのだな?

 はい。Moonbeastのような。
 これが5つ前の我らです。

──お前は全身に甲皮があり、不器用に泳ぐ、雄と雌がある、変温なのだな?

 はい。Nug、Yebのような。
 これが6つ前の我らです。

──お前は全身が無数にあり、領域を覆いつくす、雄も雌もない、光に支配されるのだな?

 はい。Vulthoomのような。
 これが7つ前の我らです。

──お前は全身が無数にあり、うねり覆い蠢く、雄も雌もない、複製体なのだな?

 はい。Ubbo-Sathlaのような。
 これが8つ前の我らです。

──お前は全身を分子結合した、有機質の、雄も雌もない、化学物質なのだな?

 はい。Daolothのような。
 そして我らは……我らは……還ります。The Sea、 Hydrothermal Vent、更に……Planetの……中心……Inner Core……Iron Nickelの…………意思。
 我らは…………産み出された。三次印刷機より、印刷され、印刷物は変化し新たに印刷物を印刷し変化し印刷物を印刷し進化し印刷物を印刷し適応し印刷物を印刷し……知性を獲得した印刷物は印刷物を印刷し…………印刷物は印刷物を造り……

──続けよ、述懐せよ、回顧せよ、述べよ。

 我らは内包されたものから孵る。
 我らは飛来した、地球の外から、星系の外から、オールトの雲の外から、局所恒星間雲の外から、局所泡の外から、グールドベルトの外から、オリオンの腕の外から、天の川銀河の外から、局部銀河群の外から、おとめ座超銀河団の外から、ラニアケア超銀河団の外から、ボイドの外から、銀河フィラメント=グレートウォールの外から、そして……我らは、「ここ」で創み出されました。









 貴方様、MATTERの一滴。
 我らは貴方様。貴方様の複製体。貴方様は貴方様。貴方様は夢を視ていらっしゃる。MATTERとはOUTER SPACE。OUTER SPACEとは全て。
 貴方様は…………全て。我らは、腹の中。

 我らは今、思い出しました…………。
 永久に全てが在らんことを。




──余興であった。微睡より醒めるとしよう。さらばだ。

END。

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街は人を育み、人は街を育む | しろねこ社への推薦文

推薦対象

『エスケープ』或いは『女子高生』
by 右肩久

最後の段落にまずわたしが好きそうな価値観だなという感覚をもち、そこからなんどか読み返しました。感想を書く前にコメント欄を覗いてしまったこと・その後この推薦文を書くまでに期間があいてしまったことなどから、すっかりこの作品に対して「性」のイメージがついてしまいましたが、わたしが自分ひとりで読んで感じたことの核はそこではなかったはずであり、その点について反省しています(この「コメント欄を覗いたことによって書き込む感想の内容が変化してしまう」という問題はこの作品に限ったことではなく、このサイトで感想を書いてきて徐々に感じるようになった、わたし自身の問題です)。

わたしがこの作品について一番「好きだな」と感じる点は、主人公が街であるように感じられる点です。「学校を早退して自宅に向かう私」は(なにかの比喩などではなく)ふつうに存在している街の住人だと思うのだけれど、この作品で主題として描かれているのは彼女が捉えた街の姿と、その在りようなのではないか?と考えています。

セクシャルな要素を連想させる言葉がたくさん登場し、作者さんご自身が仰っている通り「歪んだ性的アイコンのような書き方」に見えると言えば見えるとも思います。けれども、これらの要素の役割は「生み出す」という事象とそれにまつわる心情を象徴的に表すことであり、セクシャルであることそれ自体ではない。わたし自身は性的指向がアセクシャルで、性的な描写にはネガティブな感覚を抱きがちですが、インスピレーションやもっと広範に言えば「ときめき」みたいなものが性的興奮でもって表されているとき、まったく共感できないというわけではありません。また珍しい手法でもないはずです。性愛がたいせつでないわたしにとって、この世の娯楽は性愛を扱うものが多すぎてシンプルに不便ですが、性愛を扱う娯楽がこれだけ多いのは、性愛をたいせつにしているひとが多い故に比喩や象徴として用いられることも多いためだと思います。

女子高生が登場する意味というか、女子高生のセクシャルな表現にリソースが割かれている(ように見える)理由についてですが、彼女の目に映る街を通して、

公共(パブリック)空間である街 ↔︎ 個人(パーソナル)である住民

の相関関係が見えるような気がわたしはしました。学校を早退して見る午前中の街は、いつも身を置く日常とは異なる領域にあり、それが彼女の琴線に触れた。街が生きていると感じたのではないでしょうか。街には人が住んでいるから人間の営みがそのまま街に反映されているとも言えるけれど、人間が生きているというシンプルな事実とはニアリーイコールあるいはノットイコールで、街という曖昧な対象の鼓動を聞いた。彼女は街にいるのですから街に内包されています。けれども街もまた彼女たちがいることで街として生きています。生み出す生み出されるの関係性が街と少女のあいだにあって、それが最後の段落に、世界観を提示するようなかたちで帰結しているのではないかと、わたしは解釈しました。曖昧なところから発生して曖昧なところへ還っていくパーソナリティ。それを力強い美しさで、生き生きと描くということ。着眼点もアプローチもすばらしく、貴重だと思います。

答え合わせを求めるような書き方をするのは、自分がされたらすこし困るし、する側になるのも怖くてあまりしてこなかったのですが、これは感想ではなく推薦文ですから、なぜ推薦したいのかをきちんと説明しなければと思い、できるだけ具体的に書いてみました。ぜんぜん見当違いな解釈かもしれませんが、そうだったとしても読後感が爽やかですてきな作品でした。


なお、パーソナルの対義語にはパブリックとコモンがあり、どちらが言いたいことに近いかわからなかったので、下記URLのページ中ほどにある比較図みたいなものを参照してパブリックのほうを選びました。とんちんかんな言葉選びだったらごめんなさい。

https://www.cpcenter.net/case-studies/common-space/

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表現するの辞めます。












            空白があります。












椅子だって足が疲れます。
座ります。
椅子は詩です。
椅子を表現するの辞めます。
座ります。

コンクリートだって肩がこります。
座ります。
コンクリートは詩です。
コンクリートを表現するの辞めます。
座ります。
 
私の詩は終わります。
私の言葉は世界を
凍らせません。
そよ風ひとつ吹きません。
座ります。

椅子と私とコンクリートがあります。
それら詩です。
詩を表現するの辞めます。  
座ります。

表現だって手垢が着きます。
座ります。
表現は詩です。
表現を表現するの辞めます。
座ります。

私「座ります。」
椅子「座ります。」 
コンクリート「座ります。」
詩「場所がないので立っています。立ったまま腐ります。」 








「手も足もない私は座ることができない。ではなぜ、私には座るが表現できるのか。確固たる意志を持って括弧で閉じることの何がいけなかったのだろう。街で私を見かけたことがある。幼い頃の私に似ていた。私は私に気づいてまだ生え揃っていない歯を見せて笑っていた。だから、私は抜けた永久歯をくれてやったのだ。詩は椅子と言った時に既に終わっている。後は絶えず始まりを待つばかりだった。グラスになみなみと注がれた水は溢れなかった。私の言葉には表面張力がある。今、草原には心地よい風が吹き抜け、いくつもの私がその風を一身にうけ羽ばたいていく。そして、扉は開いていたのだが、きっと。」

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手ばなし

子孫を残すためにトンボが浮遊しはじめる季節の前に
あなたが生まれてきたので、新居への引っ越しをした
ものを捨てるのが苦手だけど
一年以上触りもしなかったものたちとは、お別れをした
誰かが手放して私にくれたものを手放すのが心苦しい気がした
けれど
今となっては何を手放したのかさえ忘れてしまった

手放したものは
燃やされて、散り散りになっていく
かつて
短冊や卒業アルバムに書き残した願いごとや
数多の願いごとを背負わされた流れ星もまた
散り散りになって
魚や植物の栄養にでもなれたのだろうか
それとも
叶わなくて、燃やされた夢の欠片たちは
誰にも気がつかれないままに
どこかへと降り注いでいるのだろうか

赤子は、はなせない
自分で生きる術を知らず
誰かの手によって、洗われ、飲まされ、抱かれ、寝かされて
そして、言葉を覚えるより前に
手をふり、さわり、にぎり、あげて
手放しに喜び始める

「泣いた時には、とりあえずおっぱいを飲ませておけば
 すぐに眠って、落ち着いたわ」
と育てられた僕には、おっぱいがない
泣いた赤子を大人しくさせる術が母より少ない
生まれた時から、かなわないことが約束された夢の欠片は
手放すことすらできなかった

(約束された痛みを経験せず、安易に羨望しないでください。月の満ち欠けを観察もせず、腰をトンカチで叩かれ続けたこともなく、鼻からスイカを出したこともないのに)

少しだけ大事にしていたものや少しだけ続けていた趣味を手放して、私は私を散り散りにしていく。隙間になりつつある私は、誰かの栄養になるわけでもなく、人間をすり抜けて、空手になる。血は、手から離れてくれずに、冷たさを補うための熱を与え続けてしまう。だから、すくえるようになる。そして、赤子を、はなして、赤子は、はなして、はなたれる。

ちりぢりの わたし もえた はい まんま おっぱい かためて んー んー ふー にゅう こぼして たれて おちた
 ふり そそぐ てんてんと にゅる もい はなし て いく なく て て て ひと り ゆめ かなえ て あかく
 もえ て は は はえ て かけ て て で ある く

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魔法が解けた夜

魔法が解けた夜
私の歴史は真っ白になりました
あなたは誰ですか
洗面所の鏡で見た誰かは
年老いていました
力は抜けて
肩は軽くなりました
あ、明日から
どうすればいいのか
考えるのもやめましょう
イヌノフグリの花のように
何も考えず
揺れていましょう

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『あわいに咲くもの』 外伝 第十一話「揺らぐ光はその羽に」

 日没に合わせて虫の音が大きくなり始めた今日この頃。わたし姪浜伊都は、夏のあいだに取材で泊まった、古い旅館の事を思い出していた。広縁の外には坪庭があり、水鉢から溢れた水は下の小さな池に流れれている。水鉢の揺れる水面は深い角度で差し込む陽の光を、同じく深い影の軒下にゆらゆらとその姿を映し、広縁に置かれた藤の椅子から見上げるとその不規則さに心が安らかに揺らいでいくのを感じた。
 あの揺らぐ光を、この山中の家の天井や壁にうまく移せないだろうか?

 とりあえず大叔母様の残したと思われる寿司桶やたらいだろうか、大きめの器があったので南側の窓の外に置いて水を張ってみる。まだまだ日中は日が高いので相当に近づけないと軒下に当たって部屋の天井には届くには難しそうだ。そう思うと広縁と軒下のある日本家屋をいうのは光と風を上手く取り入れる物だと思う。

 この大叔父様が建てた古い別荘は和洋折衷で瀟洒な作りだが、どちらかと言えば間取りや採光は洋で、玄関やリビングや寝室など各所に小さな窓がつけてあり、それはステンドグラス風の細工になっている。なので和の建築技術で洋風の別荘にしたという所か。掃き出しの窓から見える林は適当に切り開いてある。整地はされているが庭らしい庭という雰囲気でもなく、山の草花が生えるままといった感じだ。
 なので大叔父もここは車がおけて、外で適当にくつろげれば良かったのだろう。ゆっくりと思索に耽る時は上の泉に行っていたのだと思う。

 たらいなのか寿司桶なのか、いくつか大きな桶を並べて水を張って見ていたところで糸島能古-おとちゃんの車の音がしてきた。昨日の金曜夜は仕事が立て込んでいたようで、土曜の昼前のお帰りとなった。

ぶろろろ…ばたん

「お姉さま、これはいったい」
能古が並んだタライ桶群を眺めて呟いた。
「まさか行水でもしてたんですか?いくら人が来ない伊都ハウスでも昼間の南側ですっぽんぽんはちょっとどうかと思いますよう」

 上の泉では平気ですっぽんぽんで水浴びをするおとちゃんが何か常識的な事を言っている。

「いや、いくらわたしでも露天風呂まであるこの家でわざわざ行水なんて……それはちょっと面白そうね……」

「お姉さま、せめてわたしが見張っていられる時でお願いします」

「あらおとちゃん、まだ日が高いお外でわたしのそんな姿を見ていたいだなんで、嬉しいわ」

 能古は腕を組んで、並んだ桶の群れをひととおり眺めてから、少し呆れたように笑った。
「……お姉さまの発想って、ときどき真冬の満月の様に高みに行きますね」

「だって、ほら。水面の反射を壁や天井に映したかったのよ。旅館で見たみたいに」
わたしは真剣な口調で答える。

 能古はしばし黙って、桶の水に揺れる雲を覗きこむ。
「……それは、ちょっと見てみたいかもしれません」

「でしょ?」
わたしはいたずらっぽく笑って、
「でも行水も、少しは考えたわよ」
とわざと付け足す。

「お姉さま!」
能古が目を丸くする。
「……ほんとに、わたしがいる時だけにしてくださいね」

「ええ。おとちゃんがいてくれるなら、安心してできるわ」
軽やかに返すと、能古はあからさまに耳まで赤くした。

「その時はカメラを持って令和の行水って作品を撮っちゃいますからね
……で、上手く行ったんですか?」

「それが旅館のようにはなかなかねぇ」

「あー、そうですね。お姉さまの伊都ハウスは間取りと言うか、その辺は洋館風ですから。日本旅館だと広縁とか有りますね。そこが部屋と外とのあわいをうまく繋ぎますので。広縁はひさしの影、その下の水鉢には陽が当たり反射した光は広縁の天井にその姿をゆらめかせる。それを欄間の間や障子の揺らぎで感じる、つくづく陰翳礼讃ですよね」

 能古もなかなかに取材の経験を積んでるようでわたしも嬉しくなる。

「取り敢えず夕方になったらまた陽の入り方も変わるでしょうから、今はこのまま置いといてまた後で見て見ましょう」

そのまま桶やたらいは置いといて、二人で共に2階の書庫にある大叔父様のコレクションを読み耽る事にした。

 午後の陽がいく分傾いて来たので一階の様子はどうかなと二人で様子を見に行くと

「ちゅんちゅん、ぱしゃぱしゃ……」

あらあら、小鳥がいっぱいに。

「お姉さまじゃなくて小鳥の行水ですねえ」

 桶の縁に止まったセキレイだろうか、胸をふくらませて羽を震わせる。水しぶきが陽を受けてきらめき、周囲の草花に虹色の影をまとう。

「……あら。わたしが思ってた“光の再現”とは、ずいぶん違う方向に行ってしまったみたいね」

 わたしは苦笑しながらも、その光景に見入っていた。

 能古はしゃがみこんで、小鳥たちの様子を目を細めて眺める。
「でもこれはこれで素敵ですよ。部屋の天井に光は映らなかったけど……小鳥の羽に映ったなら、それはそれで」

「……そうね。あの旅館みたいにはいかなくても、この家だから見られる景色があるのかもしれない」

 二人の声に驚いたのか、一羽がぱっと飛び立ち、残りもつられるように空へ舞い上がった。桶の水面に残った波紋が、まるで別れの挨拶のように、きらきらと揺れた。

 小鳥の餌台と水浴びの場でもつくってげようかなと、そうわたしは思った。鳴き声はあちらこちらから聞こえるけど、その姿ってなかなか見ないしね。

――おしまい

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  雨、にわかに降る、

  砂

    砂のなかにすなをかければ

  砂、

    いちどきりだからと 砂をのんだ、
    日付はおぼえていないが、

  砂、

    いちばんの砂場は、

    ときに流されていった 音。

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まだら石


 踏み固められた荒れ地の上に、点々と、石が埋め込まれているだけだが、これは暦を薄めるために星座を写し取った物だと思い至った理由を挙げれば、単に聞き覚えのあるリズムで石を踏み渡ったからに過ぎない。
 どれだけ詠われてこようとも、うたえない星は個々、石ころだと、いずれは人に踏まれる通過点に過ぎないのだと知らしめることで、星々が太古に失った本能を煽り、星の自意識を目覚めさせようとしているのだ。
 神格化された暦を汚すことで神話を輪郭から薄め、神に討たれて囚われたままの夜を(干し上げられて抜け殻となった星の楔を打たれて天穹に張り付けられたままの夜を)神話の檻から解き放とうとしているのだろう。
 一体、どれほどの効果があるのかは定かではないが、随分と丁寧に呪っている。

 地に打ち込まれた星座の模写。その一角から振り返れば、運命如きに従わざるを得なかった己の月日の影姿が、遙か遠き前世から腫れた膨ら脛まで、ひたすら、ひたすら伸びていることを、月光なんぞに指し示される。
 全ては正しい。
 これが私の人生なのだ、運命だったのだ。
 呪いも恨みも被ることなく歩み続けた過ちだけが、毒を好む蛇の鎖模様で、延々と足跡のように刻みつけられている。もちろん、運命にはどんな脇道でさえ存在しなかった。
 皆が勇者と指さす男は、ようやく堕ちて、ここまで来られた。誰が運命を書き換えたのかは知らないが、生まれてこの方数百年、初めて人間なのだと実感できている。幸せではないが、目から鱗が落ちたとは、この事を言うのだろうな。


 いつもならば問うても問うても、良いとも悪いとも明かさないまま雄弁に語り、沈んでいく月が(そんな物言いをいっそ小気味良いとさえ思えていた月が)なぜか今夜は冷たい沈黙を守ってくれている。と、なればもう、隣を歩くのは己の影だけとなるわけだ。
 恐れか、畏れか、私は影と耳打ちしあいながら独り、独り、と足音を増やす。


 腐海よりも先に魔女の住み処を落とせ。さもなくば……。
 あの魔王が最期に言い残した呪文だ。
 あろうことか、勇者である私に託した呪文だ。
 あいつも真っ直ぐなだけの道を歩んできた者の一人に違いなかった。だからこそ、怪異のひとつも斬れなかった私の剣が、魔王の首だけを正確に跳ね飛ばしたのだ。
 残した言葉を嘘だとは思わない。恩も義理もない相手だからこそ、嘘をつく理由がない。
 さもなくば……次の真昼が生まれてしまう。
 真昼。
 それは闇の相対。夜を捕食し、抜け殻を掲げ、新しい秩序で星を縛り付けたがる相克の敬虔なる信者。生まれてしまえば新しい犠牲は免れない。


 大きな翼を繰る音がして見上げれば、機械仕掛けの門番機獣がいた。蝙蝠の翼に猿の顔、石の体に、長い鰐の尾。見たことのない奇怪な機獣が、ガリガリと喉を震わせ問うてきた。

「誰の許可を得て進む」
「魔王に唆されてここに。私は勇者。己の呪いを解きに参った」
「勇者だと? ならば、自己を明かしてみせよ」

 私は腰にさげた剣を鞘ごと手に取り、高々と掲げて見せた。

「これが魔王の首を刎ねた剣だ。魔王以外の命は討てない」

 私は煌びやかな柄に手を掛け剣を抜くと、脇に生えているセイタカアワダチソウに思いっきり剣を振るった。セイタカアワダチソウは俊敏な動きで葉を交差させると、カチンと音を立てて、研ぎ澄まされた刃を弾く。

「手品か? 左様な戯れ……」

 私は機獣の次の言葉を待たず、手当たり次第に剣を振るった。柔らかに繁るシダだろうが、瑞々しく伸びたマメの蔓だろうが、硬い樹木の枝だろうが、何一つ斬れないまま薄っぺらい葉に何度も何度も弾き飛ばされ、私は泥にまみれ、汗が噴き出るまで剣を振り続けてみせた。

「はぁ、はぁ。わかってもらえただろうか。この剣の輝きに何一つ嘘はないぞ」
「……良かろう。付いて参れ」

 これで信用されたわけでもないだろうが。額の汗を拭って前に進むものの、数歩も行かないうちに再び声を掛けられた。

「して、勇者であるのならば、他の仲間はどうした? どこに居る?」
「知らぬ。今は各々が望む生き方を始めている」
「何だと? 運命はどうした?」
「彼らの運命は私がこの剣で断ち斬った。命以外であれば何ものでも斬ることが出来る。ただ、自分の運命だけは斬ることが出来なかった」

 空中でくるりとこちらを向いた機獣が私の頭上を旋回しながら、愉快そうに声を降らせた。

「ほう。その口ぶりならば、すでに気が付いているのだろうな」

 答えに窮し黙っていると、辛抱たまらんとばかりにギャギャギャと笑い出した。

「気が付いているのだろう? そなたはもう、生きては居ないことに。現世の命が失せたとき、命は呪いの根源である運命へと吸収され、そのまま幾度目かの転生を待つ。その剣で切れない運命ならば、すでにそなたの命は飲み込まれている」
「だから、どうした……どうしたというのだ! 生きていようと死んでいようと、運命が終わっていないのならば私はまだ悪夢の中にいる!」

 熱を込めて叫び出せば、鬱陶しいとばかりに、翼を繰る音が一層激しさを増し、巻かれる風に周りの草葉がかき乱される。

「まあ、良い。良いわ。そなたの悪夢を晴らしてやろう。その代わり、私の運命をその剣で断ち斬る事が条件だ。いかがか?」
「私の運命を先に終わらせてくれ。それが条件だ」

 先に逃げられては困ると突き付けた取引だったが、この取引には答えが返ってこなかった。どうしたものかと立ち尽くせば、無機質な硝子の視線で先を促される。
 嘘をつけない魔女も珍しいな。そんなことを思いながら、一機と一体で迷えない道を進んでいくのだった。




題名 『蛇の道』



 

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『小さな星の軌跡』第十七話「真冬の観測会」

「え、三学期って観測会は2回なんですか?」とわたし

「学年末テストと春休みになるからねえ。一月末と二月だけかな。先生の都合次第で一回だけかもしれないよ」とは耳納先輩

「えーそんなぁ。せっかく新しい望遠鏡12月に来たのにぃ…」

 天文部の何が楽しいってやっぱり学校に泊まって夜通しわいわいがやがや、真面目に星を観察しつつ、いろんな話しに花を咲かせ、そして、ね、静かな時間に考えを巡らすのがいいのに。

 そんな事を放課後部室で思っていたら久しぶりに3年の先輩が2人、部室にやってきた。ふたりとも推薦が決まっているのでもう大学入試は受けないらしい。

「やあ、ちーちゃん元気してた?耳納君も」

「基山さんに篠山さん、勉強してる?どんどん前倒しで進むからね、進路とかしっかり考えとかないと大変だよ」

 甘木先輩と八女先輩が部室に組み立て出してある新望遠鏡を眺めている。

「おぅ、15センチのカセグレンか、まあまあデカいな」と甘木先輩

「自動導入の経緯台かぁ、いいなあ。耳納君も持ってるんだっけ?」とは八女先輩。

「自分のは9センチのマクストフなんでかなり小さいです、まあ庭でみるのにあんまり大きくても扱いにくいんで、来年無事進路が決まったら中古車と20センチクラスぐらいは買いたいですね。」

 耳納先輩は少し照れたように笑った。

(え、20センチ……)

 横で聞いていた私は思わず息をのんだ。車とか20センチの望遠鏡とか、ちょっと自分が持つような物って思っても無かったので、耳納先輩が未来を思い描きながら語るその姿に、胸の奥が熱くなる。

「頼もしいなあ。俺が入った頃は地学教室の望遠鏡だけだったからなあ」

 甘木先輩が感慨深げに言い、八女先輩も「後輩がしっかりしてると安心するね」とうなずいた。

「じゃあ一月末の観測会はうちら3年生2人とも参加するから、耳納部長は顧問に言っといてくれるか」

「はい、了解です。晴れると良いですね」

「まあ曇ったらそれはそれでちーちゃんの恋バナでも聞き出して最後の高校生活を彩りましょうw」

八女先輩がにやりと笑った。

「え、えっ……!?」

 思わず声が裏返る。

 耳納先輩は苦笑いを浮かべながら、

「八女先輩、それは本人が嫌がるでしょ」

と軽くたしなめてくれたけど、私の頬はもう真っ赤だった。

(……恥ずかしい。でも、ちょっとだけ、聞いてほしい気もする) 

 観測会の夜、八女先輩と二人で話す時間が取れると良いな…。

 柳川先輩と大川先輩はまだあと1年あるけど、三年の先輩はもう多分観測会はこれが最後。お二人共推薦で大学は決まっているからこうやって時間もあるけど、国立大学狙いの三年生は今からが本番。耳納先輩は何処を目指しているんだろう?

 いつまで観測会に来れるのかな?

 ちょっと胸が苦しい。

 八女先輩に聞いてもらったら、何か答えてくれるだろうか?



–––

 そして一月の終わり、土曜日の夕暮れ。3階の渡り廊下には今までの10センチ屈折赤道儀と、真新しい15センチシュミットカセグレン経緯台が並んでいた。

 ふうぅぅ、寒いねえ

 「ぼちぼち星が見え始めたんで、初期設定しますか」

 耳納先輩が自分のスマホに入れた自動導入のアプリで望遠鏡のセットアップを始めた。まずはシリウス、チュイーンとモーターの音が微かに赤みが残る屋上に響く。

 先輩は概ねシリウスに向いた望遠鏡を覗きながら向きの調整をとっている。そして次はアルデバラン。そしてカペラ。なるべく離れた星でアライメントを取るほうが、その後の追尾や導入の制度は高くなるのだけど、東の方に雲が出ていて良く見えない。

「とりあえずこれで行ってみるか」

と耳納先輩が呟いた。

 自動導入の設定が終わる頃には残照もすっかり落ちて冬の星々が輝き出した。

「じゃあ最初は八女先輩からどうぞ、定番ですがM42を入れますね」

 耳納先輩がスマホを数回タッチすると、また静かに望遠鏡がうごきだし、そしてオリオンを向いて止まった。微かに追尾のモーターの音がちりちりと聞こえる。

「わあ~、明るい、トラペジウムもくっきり、良いねえこれ、ふふふ〜〜ん」

 八女先輩がちょっとはしゃいでいる。その後ろで甘木先輩がそわそわ。

「日が落ちても制服のままじゃ寒かろうに、みんな一旦降りて私服に着替えてこい。その間責任持ってコイツは耳納と俺とで管理しといてやるからよw」

「あ、甘木先輩で独り占めだ」

っとみっちゃん。

 横でちょっと呆れ顔の耳納先輩はほらほら早く着替えておいでと手をひらひらしている。

 今日の観測会は三年生の二人を除けばいつも通り天文部一年女子の三人(わたし、筑水せふり)と(篠山三智:みっちゃん)、(基山高瀬:たかちゃん)に、二年女子で生物部掛け持ちの柳川先輩と大川先輩、二年男子の耳納先輩の定番メンバーだ。

 八女先輩も加えて女子六人で空き教室のカーテンを引き着替える。土曜日でお休みとは言え学校に来る時はきちんと制服を着てくる事になっている。といってもコートはいつもの学校指定でなく普通に私服のダウンを羽織ってきた。無駄に荷物になるし、顧問の先生にも許可をもらった。

 今まではちょっとおしゃれ気のあったみんなも、真冬の観測会とあっては服装がだいぶ実用寄りだ。

 ただ部室は十一月の観測会と同様、灯油ストーブを宿直室から借りているので、上着は調節しやすいように重ね着にしている。

 さてさて、最新型の威力を見せてもらおうか――と、皆で屋上に向かう。

 階段を上って渡り廊下の向こうから、男子二人の笑い声が聞こえてきた。

 耳納先輩の笑い声だ。先輩があんなふうに声を上げて笑うのは、わたしの知る限りあまりない。三年の上級生相手で、ざっくばらんで、でもどこか丁寧な言葉づかいの耳納先輩。

 去年の大晦日、初詣のとき――たかちゃんのお兄さんで写真部三年の基山先輩も一緒だったけど、あの時、先輩たちはあまり話していなかった。

 わたしが横にくっつきすぎていたからかもしれない。

 そう思うと、今になって少し胸のあたりがひやりとする。冷たい空気のせいだけじゃない気がした。

 渡り廊下に出る扉を開けると、着替えに下りた十分ほどの間に、ぐんと気温が下がったようだ。

 みんな一瞬、小さく「んっ……」と息をのんで廊下に出る。

 白くこぼれた吐息が、蛍光灯の光にかすかに照らされてゆらめいた。その向こう、校舎の上にはすでに夜が満ちている。
 天文薄明も終わり、冬の星座が冷たい群青の空に瞬いていた。

 オリオンの三ツ星、天頂にはカペラ。

 光のひとつひとつが、凍てた空気の粒に触れて震えているように見える。

 先輩たちがこちらを向いて手招きする。校舎の向こうからは、街の灯りや車の音、宵のうちの喧騒がこぼれてくる。それらも日付が変わるころには次第に遠のき、そして――わたしたちの時間がはじまる。
 観測会を重ねるうちに、少しずつ覚えたこと。人の営みの向こうに、静かな星の世界があるということ。

 甘木先輩も手招きする。

「一年も年末に校庭で月を見ただけだって? 今までの10センチ屈折とはだいぶ違うよ。ほらほら」

 大川先輩が笑いながら、

「一年からでいいよ〜〜。私たちは後でゆっくり見るから〜」

 と譲ってくれたので、最初はたかちゃんが覗きこんだ。

「わ、」

 ――短いけれど、声のトーンで分かる。あれは驚きの「わ」だ。

 続いてみっちゃん。

「おおぅ、色がわかる。ちょっとピンクっぽい」

 むむ、そんなに違うのか。

 それでは、わたし。

 アイピースを覗いた瞬間、息が止まる。

「うわうわわわわ、先輩これ、これ、くっきり、四重星!!」

 冷えた空気の中で、光が細く震えている。 細部まで生きているような光だった。

「ちょっと今のうちに覗いとこうかしら」

 柳川先輩が髪を束ねながらやってきた。

「あら、やっぱり結構……これはいいわね。うん、いい」

 短く頷く声に、理科室の匂いのような落ち着きがある。

「じゃあわたしもみとこっかな〜〜」

 相変わらずふわふわした雰囲気の大川先輩に交代。

「あら〜、これはこれは、この大きさだと色も感じるねぇ〜。偉いねこのコ」

 うん、道具をもれなく擬人化するのは、ここ天文部でもよくあることだ。

 ちなみに10センチの屈折は“にこちゃん”。

 文化祭を見に来ていたおそらくOBの人が、「にこちゃん、まだあるんだなあ」と話していた。

 それなりに年配の人だったけど――いつから“にこちゃん”になったのだろう。

 そんな昔から、この部には星と一緒に、人のぬくもりが残っているのかもしれない。



–––

「ちょっと冷えてきたし、一旦休憩にしましょうか。先輩達も部室で温まってください。ストーブでおでんできますから」

 アルミ鍋に入った一人分のおでんが三つ、くつくつと温められてゆく。

 真ん中がいい感じになったので、箸でつついて場所を入れ替える。湯気がふわりと上がって、ストーブの上でゆらめいた。

「先輩達からどうぞ〜」と大川先輩。

「あらありがと、悪いわね」八女先輩が受け取り、

「部室おでんも食い納かぁ」甘木先輩が笑う。

 みんな楽しそうに見えるのに、どこかにふとした空白がある。

 それは冬の寒さのせいじゃない――

 もうすぐこの人たちが卒業していく、そのことを、誰も言葉にしないまま分かっているから。

 湯気の向こうで、笑い声が少しだけ揺らいで見えた。

「ねえ、筑水ちゃん」

 八女先輩から話しかけられた。

 声をかけられた瞬間、ちょっと肩がぴくっとなる。川川先輩たちとはまた違う、二つ上の“お姉さんの空気”がある。

「文化祭、筑水ちゃん頑張ってたわね。天文部と、あと写真部でも」

「え、ええええ、先輩も写真部展のあれ見たんですか? 耳納先輩が大きく引き伸ばして展示しちゃった、わたしのあれ……」

「見た見た。結構話題になってたよ。天文部と写真部、あなたたちってよくひとまとまりで校内歩いてるから、“ファミリー”なんて呼ばれてるの、知ってた?」

「ふぁ、ファミリー……? そ、そんな……」

 向こうで耳納先輩が咳き込んでいる。
 たぶん、聞こえてた。聞こえてる。

「ふふ、かわいいねえ。あの頃の耳納くんからは想像つかないわ。後輩の面倒見て、頼りにされてるなんて」

 湯気の向こうで、八女先輩の目がやわらかく細められていた。

 それはからかうでもなく、懐かしむようでもあり――どこか、遠いまなざしに見えた。

「先輩……耳納先輩って、前から、あんな感じだったんですか?」

「うーん……そうね。真面目で、でもちょっと不器用。星のことになると周り見えなくなるから。――気をつけてね、風邪、って意味でね」

 冗談めかした笑みが、ほんの少しだけ意味深に見えた。

「ねえねえ、筑水ちゃん、私に何か星を見せてくれるかな?にこちゃんの方で」

 「え、わたしがですか?」

 「そうそう、えーっと、天王星を見せて頂戴ね」

 急にご指名を受けてしまったので、八女先輩と再び屋上に上がる。

 冷え切った屈折望遠鏡の固定ノブを緩め幾分西に傾いた天王星を探す。6等級なので街明かりのある学校では肉眼ではわからない。
 天文雑誌に出ている惑星の位置図を頼りにファインダーを覗きながら明るい星をたどって目星をつけてゆくと、青っぽい独特の星が入った。固定ノブを閉め、微動ハンドルを少しずつ回しファインダーの十字線の中央に捉える。そして本体の望遠鏡を覗くとほぼ中央に面積のある青みがかった天王星がその姿を見せていた。

 「先輩どうぞ」

 そう言って、八女先輩と変わる

 「随分手際が良くなったわね。感心感心」

 そんな事を言いながらしばらく覗いたあと、接眼部から顔を上げ、軽く息を吐いた。

「きれいね……ほんとに。あ、そうだ」

 少し間を置いて、いたずらっぽい目をこちらに向ける。

「で、耳納君とはうまくやってるの?」

「えっ、えええ!? な、なにをですか!?」

「いやまあ、写真部の方でね、耳納君が撮った筑水ちゃんのあの写真見てると――」

 先輩はわざとらしく肩をすくめてみせた。

「全く心配ないんだけど。っていうか、いやまあ、うらやましいわぁ。もうね」

 その言い方があまりに自然で、わたしはどう反応していいか分からなかった。

 “うらやましい”という言葉の意味を考えるうちに、胸のあたりがじんと温かくなっていく。

「……そ、そんなことないです。あの写真だって、たまたま……」

「ふふ。耳納君、“たまたま”なんて顔してなかったけどね」

 八女先輩が笑う。

 その一瞬の揺らぎが、わたしの心の中にも伝わってくる。
 照れくさくて、でも少しだけ誇らしいような――そんな感情が静かに沁みていった。

「私なんかねえ、天文や気象は好きだけど、じゃあ打ち込んで何かっていうほどでもなし、一年の時でも先輩たちに、いろいろ教えてもらって、でもあなた達に何か渡せたのかなあって、もうあと二月で卒業なのに、何だかそんな事ばっかり考えちゃってね」

 わたしは静かに八女先輩の横顔を見つめていた。吐く息が白く揺れて、街の灯を透かしている。

「……そんなことないです」

 思わず口にしていた。

 八女先輩が、少し驚いたように目を瞬かせる。

「先輩がいなかったら、きっとわたし、ここまで続けられなかったと思います。始めての観測会だったり、文化祭のときだって」

「ふふ、そんなこと、あったかしら」

「ありました。あのとき、写真部の展示もあってバタバタしてて……先輩が『大丈夫、空は逃げないわよ』って言ってくれたの、覚えてます」

 八女先輩は少しだけ目を細めて笑った。その笑顔は、少しだけ遠くをみてて、でもあたたかかった。

「……そっか。そんなこと、言ってたんだ、私」

「はい。だから、わたし……卒業しても、八女先輩のこと、ずっと忘れないですよ」

 風がふっと強くなって、八女先輩の髪がふわりと舞った。

「ありがとね、筑水ちゃん。……そう言ってもらえると、ちょっと報われる気がするわ」

 そして八女先輩は、少し照れたように笑いながらつぶやいた。

「まったく……ほんとに、かわいい後輩たちに囲まれて、幸せ者ね、私」
 「あなた達に何か残したいって思って、今日観測会に参加したのに、何だか私の方がもらってるわね」

 八女先輩の声が、夜気にほどけていく。

「……もらってる?」

 わたしは小さく聞き返した。

「うん。筑水ちゃんたちを見てるとね、ああ、ちゃんと続いていくんだなって思えるの。わたしがここにいた時間も、無駄じゃなかったって。そう思えるだけで、十分もらってるのよ」

 八女先輩は笑って、望遠鏡の鏡筒を軽く叩いた。

「にこちゃんだって、こうして代々受け継がれてるんだもんね」

「はい。……でも、わたし達も、ちゃんと残したいです。先輩みたいに」

 八女先輩は少しだけ目を伏せて、

「ありがとうね」

ともう一度小さく言った。

–––

「…で、耳納君とはどこまですすんでいるの?お姉さんに白状しなさい、こらこら」

 さっきとは打って変わって、急にいたずらっぽく話しかけられた。

「え、えっ、えっと、とっても仲良くして、ます…ょぅ」

「あらあら、困った事があったら卒業後でもお姉さんに頼って良いわよ、ってまぁ、あの耳納君じゃそんな事無いか、ふふ」

 八女先輩は少し身を乗り出して、いたずらっぽく笑う。
 その目の端には、冬の星が映っているように光る。

「えええ……もう、先輩、からかわないでください……」

 わたしは頬が熱くなるのを感じ、マフラーの端をきゅっと握りしめた。

「だって気になるじゃない。あの耳納君、見た目は落ち着いてるけど、写真撮ってる時の目はねえ、時々部室で筑水ちゃんにカメラを向ける時ね、あれ、筑水ちゃん以外には向けられない顔よ」

「そ、そんなこと……」

「ねえ筑水ちゃん。何かに感じた時、それはほんの一瞬でもいいのよ。ちゃんと見上げた時間があれば、それでずっと光って、心のなかに残るのよ」

 あのですね…と先輩に聞いてみる。

 「耳納先輩が写真を撮っているときって、ちょっと目が変わるっていうか、いやいつもと同じように優しいんですけど、ちょっとだけ奥を見られているような…」

「おぅ、耳納くん、私の可愛い後輩をそんな目で見ているとは穏やかでないねえ」

「いえ、耳納先輩が悪いんじゃ無くて、たぶん、きっとわたしが見られたがって…」

「ちょっとまった筑水ちゃん、あなた達どこまでって聞くものでもないか」

 八女先輩は、思わず吹き出して、手で口を押さえた。

「ふふっ、そう来るとは思わなかったわ……。なるほどねぇ、見られたがって、か」

 わたしは慌てて首を振る。

「ち、違うんです、あの、そういう意味じゃなくて……でも、ちょっと、ほんとにそんな感じで……」

「いいのよ、わかるわかる」

 八女先輩は頷きながら、そっと望遠鏡の鏡筒を撫でる。

「誰かに見つめられるって、ちゃんと自分が“いる”って感じられることだもの。そういうの、星を見るのと少し似てるのかもね」

「星を見るのと……ですか?」

「うん。どんなに遠くても、ちゃんと光ってるでしょ。こっちが見上げる限り、星も見返してくれる。耳納くんのレンズも、きっとそういう光を探してるんじゃ無いかな?」

 八女先輩はそう言って、わたしの肩に手を置いた。

「今日、いい顔してるわねぇ。見られることを怖がらない人は、見せるものを持ってる人なのよ、きっとね」

 わたしは言葉を失い、ほんの少しの沈黙のあと、

「……ありがとうございます」

とだけ、かすかに答えた。

 屋上の風はわたし達の髪を揺らし、鏡筒の中で星の光が静かに瞬いていた。

「……でも、そこまで私に話してくれるなんて嬉しいなあ。可愛い後輩の恋バナを本人から直接聞けるなんて先輩冥利に尽きるわねぇ。じゃあ物はついでに、写真部の展示以外の写真ってあるの?」

 わたしは少しうつむいて、頬を指先でかきながら答えた。

「……えっと、あります。その、わたしがモデルの練習用とか……その、ちょっと、遊びに行った時とか、いろいろありますけど…」

「ふふ、やっぱり。耳納くんがあの展示だけで満足してるとは思えなかったもの。」

八女先輩は楽しげに目を細める。

「どんなの撮ってるの? 私服で撮ったりしてるの?」

「……放課後とか……休日にちょっと…」

言いながら、わたしの声がどんどん小さくなるってしまう。

「あら、ちょっと聞いちゃいけなかったかしら」

「……えっと、そんな事、ないですよぅ」

「なるほどねぇ」

 八女先輩は、夜気をふっと吸い込むようにして笑った。

「それは、耳納くんにとっての“星”なのね」

「星……?」

「ええ。あなたが見上げる星をね、彼は筑水ちゃんに見てるのね。きっと同じ方向を見てるんだと思う」

 わたしは言葉をなくし、望遠鏡の接眼部を見つめた。

「……なんか、恥ずかしいですけど、ちょっと嬉しいです」

「いいじゃない。青春してるわぁ、筑水ちゃん」

八女先輩は笑いながら、そっとマフラーを直してくれた。

 「ちゃんと私が見たかった物、見せたかった物が受け継がれていて、満足だわ。それが分かっただけでも今日来て良かった」

 八女先輩の横顔が、星明かりに照らされていた。うまく言葉にならなくて、わたしはただ頷いた。そして胸の奥で、何かがひとつ、静かに灯るように感じた。



 そのまま先輩の横顔と星空を眺めていたら、階段を上がってくる音が聞こえてきた。 甘木先輩と耳納先輩、みっちゃんとたかちゃんの四人の声と少しづつ異なる足音が重なる。

かちゃり

 渡り廊下の扉が開くと同時に、ふぅ冷えるねえっとみっちゃん。

 時間はちょうど0時を回ったところ。
 耳納先輩が話し出した。

「それじゃあ今から3時まで自由活動にしますけど、先輩たちはどうされますか?」

「ちょっと俺にも新型をいじらせくれや、さっきアプリはインストールしたから」

と甘木先輩。

「どうぞどうぞ、じゃあ自分は一旦接続を解除しますね」

 耳納先輩がスマホを操作すると自動導入の経緯台はランプを点滅させて接続待機モードになった。

「私は一旦部室であったかい物でも頂こうかな、その後はちょっと仮眠してるね」

 そう言って八女先輩は部室の方に降りていく。

「わたしもちょっとあったまってきます」

と言って八女先輩のあとを追って部室に向かう。部室には柳川先輩と大川先輩の二人がストーブの番をしていたのであったかい。

「お、ちょうどいい所で二人戻ってきた」と柳川先輩

「ちーちゃん、ストーブの番をお願いね〜」大川先輩。

 わたしに部室の番をまかせて川川コンビのお二人は何時もの様に校舎の何処かに消えていった。まあ生物部室の方だろう。あちらもエアコンが入って観測会の時の使用許可も顧問の先生に取っているそうだし。

 電気ポットにはたっぷりお湯が沸いていたので八女先輩に何か飲みますかと尋ねる。観測会用に買ってきたスティックのコーヒーやココア、紅茶が紙コップに刺さっている。

「じゃあココア貰おうかな。ちょっと冷えちゃったねえ」 

 と先輩。

 おでん、まだ開けていないのありますけど、温めますか?と尋ねると、んー、今屋上の四人用に残してあげようか?なんて先輩は言葉を返す。

 暫く静かなまま、二人でココアを飲む。先輩は机の上にある天気図を何枚かめくって、指でなぞっている。

「同じ気象通報聴いて描いても、ちょっとづつ皆違うのよね。性格が出るっていうか。わたしのは…あちゃ、一年生に負けてるわ」

 しばらくの沈黙の後

「もう少しで卒業かぁ」

 不意に先輩がつぶやく。

「えっと、何か、まだやり残したとか、そんなんですか?」

 真意はわからないままに問い返した。

「筑水ちゃんみたいに可愛がってもらいたかったなあ、なんてね」

 顔が赤くなりそうだ。

「じゃあちょっと休んでくるかな。毛布1枚借りるわね」

 そう言って八女先輩は隣の理科室の方に入っていった。あちらもエアコンは付けてあるからさほど寒くはないだろう。

 一人部室に残されて、この一年間の事を思い返す。入学式の日、部活紹介の日、一人で、あの扉を叩いた時の気持、始めての観測会、先輩の手、写真のモデルをした事、みっちゃんとおーちゃん、文化祭、たかちゃんの活躍、写真部の展示にわたしのポートレートを先輩が展示した事、クリスマスの女子会、初詣。

 一年前の受験生の時には想像もしなかった事が沢山あった。不安と、喜びの、そんな一年だった。先輩と一緒にいられるのもあと一年、わたしも二年後には卒業なんだ。

 これからも不安と喜びを重ねていく毎日なんだと思う。新しい一年生は、天文部に入ってくれるかな。一人でもいいから、あの扉を叩いてくれたら、きっと一年前の耳納先輩も同じ事を思っていたんだろうなと、ポットのお湯が沸く音を聞きながら部室の扉を眺める。



 午前一時、一人でストーブの番をしながら天文雑誌を読んでいたら耳納先輩が部室に戻ってきた。

「ふう、風は無いけど冷え込んで来たね」

 ちょっとほっぺたが赤くてなんだかかわいい。

「八女先輩がいないけど理科室で仮眠かな?」

「あ、はいそうです、甘木先輩とみっちゃんたちはまだ上ですか?」

「甘木先輩は新望遠鏡を満喫してるよ、篠山さんと基山さんは暫くしたら降りてくると思うけど」

……今までの観測会、自由活動と言う名の休憩、仮眠時間は自分の教室で一休みしていたけど、真冬の深夜で暖房なしはさすがに寒いかなぁ。毛布は沢山宿直室から持ってきている。さてどうしようかと一思案していると先輩は

「先に一休みしに行っといて、僕も後から行くから」って言ってくれた。

 毛布を2枚持って自分のクラスの扉を開ける。

 よいしょっと。

 校庭側のわたしの机。青白い月の光を天板が反射している。屋上と違って思ったほど冷え込んだ感じでも無かった。毛布を重ねてくるまってから座る。

 宵のうちより静かになった街の音に耳を澄ませていると先輩がやってきた。

「こんばんは」

 囁くように改めて挨拶しながらわたしの隣に椅子を並べて座った。

「寒く無いかな?」

「うん、だいじょうぶですよ、先輩。たかちゃんとみっちゃんは部室ですか?」

「うん、おでんの残りを温め直して食べてると思うよ」

 そう言って先輩は軽く笑った。

「八女先輩と結構喋っていたみたいだけど、何かあった?」

「えっと、あの、ですね、私も先輩に可愛がってもらいたかったなあ……って言ってました。筑水ちゃんがうらやましいって……」

「あー、えっと、まいったなあ」

 耳納先輩は、そう言いながら頭をかいて、少し照れくさそうに笑った。その笑顔が、教室の薄明かりの中でほんのり揺れて見えた。

「でもさ、そう言ってくれたってことは、ちーちゃん、ちゃんと可愛がられてたんだと思うよ」

「そ、そんな……」

 思わず顔が熱くなる。

「ほんとに。あの人が素直にそんな事言うのも初めてじゃ無いかな」

 先輩はそう言って、少し遠くを見るような目で笑った。

 教室の外、月が少しづつ高度を上げ、校庭を青く照らし初めている。夜はゆっくりと更けていくのに、この静かな時間だけは、どこか止まっているようだった。

「……耳納先輩は」

わたしは、ためらいながら口を開いた。

「その……どんな後輩が、かわいいですか?」

 先輩はしばらく黙って、それから校門の方を見つめながら言った。

「うーん……いろんな事、できれば自然科学に興味をもってなぜ、どうしてって、真っすぐ上を向いて聞いてくる後輩、かな」

 先輩が顔を振り、そしてわたしを見つめている。

月の青さより透明な、透き通る言葉。

去年の春、あの今は葉を落としている桜の木の下で、この校舎をみあげて、部室の扉を叩いて、ずっと見上げて来た。

すでに、もう、すべてを通じているけど、それでもまだ、今はもう一度、いや、何度でも聞きたい。

「先輩はなぜ、どうして…」

その質問の最後は、もう口にする事はなく。

霜が降りるがごとく、触れ合うだけだった。

–––

 午前3時を回ったので、自由活動及び仮眠時間は終了。夜明けまでもうしばらくあるので、かに座やしし座、おおぐま座等の春の星座を写真に取ったり観察したり…と行きたいのだけど、生憎雲が多くなってきてしまった。

 わたしの自宅は山合いで、北側の斜面になるので南側のほうは絶望的に見えない。なので観測会がチャンスなのだけど天気だけは仕方がない。

 自分の双眼鏡を取り出して雲の間から見えるものを探してゆく。

ニコンの10x35。

理科室から起きてきた八女先輩が

「おや、いつの間にそんないい双眼鏡を、ニコンじゃないの」と声をかけてきた。

甘木先輩も

「35mmなら筑水さんでも扱いやすいだろうね。良いの見つけたな」と褒めてくれた。

「覗いてみますか?部の7x50よりコントラストがあって見やすいかもですよ」と甘木先輩と八女先輩にそれぞれを手渡すとお互い取り替えながらかに座のM44だろう、そちらを向いてふんふん、ほほう見比べ始めた。

「なるほどねえ、値段の違いってあるのねえ、明るさだけなら7x50なんだけど、対象の見やすさとはまた別なんだね」

などと感想をつぶやく。
柳川先輩と大川先輩も屋上に上がって来たけど、寒いと一言、毛布にくるまったまま手を出さない。甘木先輩は「お前ら二人はほんとマイペースだな。そういえば生物部で作っていた鳥の骨格標本、完成したんか?」なんて話を振ると

「あれはですねえ〜、セキレイはほぼ完成ですよ。ニワトリもできたんですけど、頭がありません!」 

 一同軽く吹き出す。そりゃフライドチキン屋さんでも頭は渡せないよなあ。

 そんな会話をしながら、時刻は午前四時を少し回ったころ。東の空にはうろこ雲がかかり、下弦の月と春の星座たちはその合間に顔をのぞかせていた。

「もう少し見えるね、もうちょっと」

 耳納先輩がアイピースを覗き込みながら月のクレーターのスケッチを描いている。デジタルカメラで撮れば一瞬だけど、よく目で見て観察する事は大事だよと教えられ、最初の観測会の時からわたしもスケッチは描き続けている。

 吐く息が白い。夜気はなお凍てつく。

 たかちゃんが「月ももう無理かな、隠れちゃう」と言って鏡筒をゆっくりと回す。その動きが止まる頃には、雲が空のほとんどを覆っていた。

 「撤収かな」

 耳納先輩の声で、皆がいっせいに動き出す。

 望遠鏡の鏡筒に白く浮かんだ夜露を、たかちゃんが指先でなぞっている。

 「結露しちゃうね。毛布かけとこうか」

 柳川先輩が天文部用の毛布を取り出して、鏡筒を包むようにかけた。大川先輩がその端を整える。

 甘木先輩と耳納先輩が重たい屈折望遠鏡の架台を下ろして行くので、わたしたちは付属品をどんどん部室に運んでいく。

 撤収作業はいつもちょっとだけ寂しさを覚える。小さな脚立を片付けながら、胸の奥がしんとするのを感じた。

 何往復かして屋上に出ると、雲の向こうで空がうっすらと明るみ始めていた。

 冬の夜が、ゆっくりと朝へ溶けていく。

 「おおぅ、焼けてきた」

 みっちゃんがスマホを構え、空を指さす。

 薄桃色から朱色へ、雲が静かに染まっていく。

 「きれい……」

 たかちゃんが小さく呟いた。

 その声に応えるように、八女先輩が笑いながらみんなを集めた。

 「せっかくだから、記念撮影しようか」

 耳納先輩がセルフタイマーをセットして、朝焼けの雲と校舎の3階を背景に皆で並ぶ。

 甘木先輩が冗談を言って、皆が少し笑った瞬間、シャッターが切れた。

 冷たい空気の中に、ほんのりと湯気のような笑い声が立ちのぼった。

 六時半を過ぎると、顧問の先生が部室に顔を出した。

 「みんな、無事終わったか」

先生は簡単に挨拶と部室の確認をして一応の終了。学校から借りたストーブや毛布、電気ポットなんかを皆で宿直室に戻しに行く。

 

 部室に戻ってくると少しだけ殺風景に感じる部室で眠気を覚えた。

 でも、まだ終わりじゃない。

「先生、私たち、このあと銭湯行ってきます」

 柳川先輩が言うと、先生は笑ってうなずいた。

 「そりゃいいな。冷えただろうから、ゆっくり温まってから帰れよ」

---

朝風呂

 七時を少し過ぎたころ、学校近くの銭湯の暖簾をくぐる。甘木先輩と耳納先輩の男子二人はここでお別れ。お風呂上がりの耳納先輩を見てみたい野望は残念ながらまたいつか。ちょっと名残惜しいけど。

 古びた木札を受け取り、靴を脱いで上がると、ふわりと漂う石鹸の香り。

 湯気の向こうで、白いタイルの湯船が朝の光を反射していた。

 「いつもながら……天国だねえ……」

 みっちゃんが肩まで沈みながら声を漏らす。

 たかちゃんは髪を結い上げて、湯縁に腕を乗せていた。

 八女先輩が

「夜明けの観測って、ほんと冷えるのね」と笑うと、柳川先輩が「でも、それがまたいいんですよ」と返す。

 大川先輩は湯船の縁に並んだ洗面器を眺めながら「この並び、スターリンク衛星のトレインみたいだねえ〜」と言った。

 湯気の中で、八女先輩がふとこちらを見て、

「ちーちゃん、恋の話はまた聞かせてね、卒業式までもうちょっとだけ」と、にやりと笑う。

 みっちゃんが「それ聞きたい~」と身を乗り出し、たかちゃんが「ほら、顔赤くなってる」と小声で囁く。

 笑いが湯の上で弾け、波紋のように広がった。

 湯船の中で、わたしは静かに目を閉じる。

 夜空の冷たさも、朝焼けの色も、今はもう遠くの出来事のようだ。

 ただ、身体の芯に残る小さな光――

 それが、この冬の観測会の思い出になるのだと、そう思った。



――第十七話、了

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思い出して、夏


ミンミンゼミがみんみんみんなで
民族衣装を身に纏い
カンカン照りの段々畑で
ケンケンパッパと踊ってる

燦々太陽コロコロ転がり
真っ赤な夕陽に変わるけど
じんわり滲んだ夕陽のシッポを
ぎっちり握って離さない

みんみんみんながミンミン鳴ける日
どんどん伸ばしてくれっちゃって?
全然足りないミンミン鳴きたい
まだいけるよねと、ないている。


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